シャモア型 掃海通報艦

"Chamois" Class Minesweeping Sloop
Avisos Dragueurs de Mines Classe "Chamois"


フランス海軍 他 フランス海軍 自由フランス海軍 イタリア海軍 ドイツ海軍 モロッコ海軍 チュニジア海軍


Chamois
「シャモア」(1940年頃)
スペックデータ
排水量:(基)647t ボイラー:−−−−−−− 燃料搭載量:重油105t
全長:(全)78.3m
全幅:8.7m 主機:Sulzer式ディーゼル機関×2基、2軸推進
吃水:3.3m
出力:4,000hp
武装:
45口径10cm単装砲1基(一部の艦は50口径9cm連装砲1基)、
13.2mm4連装機銃1基、同連装機銃2基、爆雷40個(投射機2、投下軌条1)
(戦後に竣工した艦は45口径10.5cm単装砲2基、60口径40mm単装砲1基、
70口径20mm単装機関砲4基、爆雷120(投射機4、投下軌条2)を搭載)
最大速力:20.0kt
航続距離:9ktで10,000浬
乗員定数:106名

同型艦名(24隻)
大戦前・大戦中に竣工(8隻)
アミラル・セネ [Amiral Sénès]アナミト [Annamite]シャモア [Chamois]
シェヴルイユ [Chevreuil]ガゼル [Gazelle]ラ・シュプリーズ [La Surprise]
メトレー・ルブラン
 [Matelot Leblanc]
リゴー・デ・ラ・トーチ
 [Rageot de la Touche]
 
大戦後に竣工(3隻)
ビッソン [Bisson]コマンダン・アミヨ・ダンヴィユ
 [Commandant Amyot d`Inville]
コマンダン・ド・ピモーダン
 [Commandant de Pimodan]
未竣工(13隻)
アミラル・デュプレ
 [Amiral Duperré]
アミラル・グルドン
 [Amiral Gourdon]
コマンダン・デュキン
 [Commandant Ducuing]
アンセーニュ・バランデ
 [Enseigne Ballande]
アンセーニュ・ビッソン
 [Enseigne Bisson]
ルルーズ [L`Heureuse]
ラ・フュリウーズ [La Furieuse]ラ・ジェネルーズ [La Généreuse]ラ・ジワイユーズ [La Joyeuse]
ラ・マリシューズ [La Malicieuse]ラ・リューズ [La Rieuse]ラ・セリューズ [La Sérieuse]
ラ・トロンプーズ [La Trompeuse]  

シャモア型掃海通報艦について

 フランス海軍が1935年度に建造を計画した掃海通報艦。「エラン」型の特徴であった低い乾舷を、凌波性を高めるため船首楼型へ変更しており、洗練された艦形状となった。
 艦のサイズや搭載機関、搭載兵装などは「エラン」型と差異はないが、船首楼を増設したことから排水量は若干増えている。

 1936年から順次建造が開始され、最終的には24隻の建造が予定されたが、1940年のドイツ軍によるフランス侵攻のため半数以上が未竣工のまま建造中止となった。なお、竣工した艦は「エラン」型と同様に、自由フランス軍へ所属したものと、独伊に捕獲使用されたものに分かれている。


シャモア型掃海通報艦の歴史
アミラル・セネ [Amiral Sénès]
1939年 8月プロヴァンス造船所[Ateliers et Chantiers de Provence]にて起工
1942年建造中止
      11月独軍により捕獲。独海軍「SG21」として艤装工事を再開
1944年 3月28日独海軍へ就役
       8月15日サントロペ(仏)沖にて連合軍艦隊と交戦、沈没
アナミト [Annamite]
1938年 4月ロリアン工廠[Arsenal de Lorient]にて起工
1939年 6月17日進水
1940年 2月 1日竣工
1940年中盤ドイツのフランス侵攻を受け、ヴィシーフランス政権指揮下となる
1942年11月連合軍のアフリカ侵攻を受け、モロッコにて降伏
      12月自由フランス海軍へ編入
1945年10月〜仏領インドシナへ転属。第一次インドシナ戦争に参加
1953年艦名を「シャモア」と改名
1961年 1月モロッコへ売却。モロッコ海軍軍艦「エル・ラシク」[ال لاحق (El Lahiq)]と改名
1967年廃船
シャモア [Chamois]
1936年11月ロリアン工廠にて起工
1938年 4月29日進水
1939年後半竣工
1940年中盤ドイツのフランス侵攻を受け、ヴィシーフランス政権指揮下となる
1942年11月27日ドイツ軍の接収をおそれツーロンにて自沈
1943年 3月独軍により浮揚後、イタリアへ譲渡。艦名を「FR53」と改名
       9月 9日イタリア休戦に伴い独軍が接収(艦名を「SG21」とする説あり)
      11月24日ツーロンにて連合軍機の攻撃を受け沈没
1944年 3月浮揚後ブレガイヨン[Brégaillon](仏)へ曳航され放置。戦後解体処分
シェヴルイユ [Chevreuil]
1937年 6月ロリアン工廠にて起工
1939年 6月17日進水
       9月竣工
1940年中盤ドイツのフランス侵攻を受け、ヴィシーフランス政権指揮下となる
       7月 3日英海軍に捕獲され、自由フランス海軍へ編入
1945年フランス解放に伴いフランス本国へ帰還
1959年10月チュニジアへ売却。チュニジア海軍軍艦「ダスツル」[دستور (Dastur)]と改名
1972年廃船。港湾ハルクとして使用される
ガゼル [Gazelle]
1937年 6月ロリアン工廠にて起工
1939年 6月17日進水
      10月竣工
1940年中盤ドイツのフランス侵攻を受け、ヴィシーフランス政権指揮下となる
       9月23日ダカール沖にて連合軍と交戦後に捕獲される
1942年11月自由フランス海軍へ編入
1946年 1月〜仏領インドシナへ転属。第一次インドシナ戦争に参加
1949年〜仏海軍士官学校の練習艦となる
1959年アルジェリアの海上監視任務に従事
1961年 9月 8日除籍。後に解体処分
ラ・シュプリーズ [La Surprise]
1938年 4月ロリアン工廠にて起工
1939年 6月17日進水
1940年 3月竣工
1940年中盤ドイツのフランス侵攻を受け、ヴィシーフランス政権指揮下となる
1942年11月 8日オラン沖にて連合軍の艦隊と交戦(トーチ作戦)
英駆「ブリリアント」の砲撃を受け沈没
メトレー・ルブラン [Matelot Leblanc]
1939年 8月プロヴァンス造船所にて起工
1940年 5月侵攻したドイツ軍に捕獲され、工事中止となる
1941年 1月ドイツ軍の監督下で工事再開
1942年 7月10日進水
1943年 2月13日竣工。独海軍護衛艦「SG41」と改名
       5月15日艦名を「SG14」と改名
       8月24日カプリ(伊)南方にて連合軍機の攻撃を受け沈没
リゴー・デ・ラ・トーチ [Rageot de la Touche]
1939年11月10日プロヴァンス造船所にて起工
1940年 5月侵攻したドイツ軍に捕獲され、工事中止となる
1941年 1月ドイツ軍の監督下で工事再開
1942年 9月 2日進水
1943年 2月13日竣工。独海軍護衛艦「SG42」と改名
       5月15日艦名を「SG15」と改名
1944年 5月16日駆潜艇へ類別変更。艦名を「Uj2229」と改名
       9月 5日ジェノヴァ(伊)港にて連合軍機の攻撃を受け損傷
1945年 4月26日ジェノヴァ沖にて英潜「ユニヴァーサル」の雷撃を受け沈没
ビッソン [Bisson]
1939年ロリアン工廠にて起工(当初艦名は「ランビシューズ」[L'Ambitieuse])
1940年 5月侵攻したドイツ軍に捕獲され、工事中止となる
1945年フランス解放に伴い、工事が再開される
1946年 3月 5日進水
1947年仏海軍フリゲート「ビッソン」として竣工
1964年除籍
コマンダン・アミヨ・ダンヴィユ [Commandant Amyot d`Inville]
1939年12月ロワール造船所[Ateliers et Chantiers de la Loire]にて起工
1940年 5月侵攻したドイツ軍に捕獲され、工事中止となる
1945年フランス解放に伴い、工事が再開される
1947年 1月15日進水
1948年 1月 8日竣工
       3月仏領インドシナへ転属。第一次インドシナ戦争に参加
1956年アルジェリアの海上監視任務に従事
1957年練習艦となる
1964年 8月18日退役。予備役艦となる
1966年 7月15日除籍
コマンダン・ド・ピモーダン [Commandant de Pimodan]
1939年12月ロワール造船所にて起工(当初艦名は「アルフレッド・デ・コーシー」[Alfred de Courcy])
1940年 5月侵攻したドイツ軍に捕獲され、工事中止となる
1941年 1月ドイツ軍の監督下で工事再開
1942年 5月29日進水するもサボタージュのため艤装工事は進まず、終戦まで竣工しなかった
1947年 7月 1日仏海軍フリゲート「コマンダン・ド・ピモーダン」として竣工
1948年 2月サイゴンへ進出。第一次インドシナ戦争に参加
1949年 3月中華人民共和国成立に伴い、上海からのフランス人避難に従事
1956年アルジェリアの海上監視任務に従事
1957年練習艦となる
1960年 8月24日戦功章[Croix de guerre]受賞
1964年 8月15日退役。予備役艦となる
1976年 6月 1日除籍
アミラル・デュプレ [Amiral Duperré]
1939年ロワール造船所にて起工
1940年 6月侵攻したドイツ軍に捕獲され建造中止。後に船台上で解体
アミラル・グルドン [Amiral Gourdon]
1939年セイン造船所[Forges et Chantiers de Mediterranee La Seyne]にて起工
1940年 6月侵攻したドイツ軍に捕獲され建造中止。後に船台上で解体
コマンダン・デュキン [Commandant Ducuing]
1939年ジロンド鉄工所[Forges et Chantiers de La Gironde]にて起工
(当初艦名「ラ・プレネーゼ」[La Preneuse]
1940年 6月侵攻したドイツ軍に捕獲され、工事中止となる
1946年フランス解放に伴い、工事が再開される
1948年 6月 8日進水。艦名を「コマンダン・デュキン」と改名
1948年末建造中止となる。後に解体処分
アンセーニュ・バランデ [Enseigne Ballande]
1939年 8月プロヴァンス造船所にて起工
1940年 5月侵攻したドイツ軍に捕獲され、工事中止となる
1941年 1月ドイツ軍の監督下で工事再開
1942年 5月25日進水。独海軍護衛艦「SG22」と改名
1944年 8月20日未竣工のまま自沈
アンセーニュ・ビッソン [Enseigne Bisson]
1939年ロワール造船所にて起工
1940年 6月侵攻したドイツ軍に捕獲され建造中止。後に船台上で解体
ルルーズ [L`Heureuse]
1939年ロリアン工廠にて起工
1940年 6月侵攻したドイツ軍に捕獲され建造中止。後に船台上で解体
ラ・フュリウーズ [La Furieuse]
1939年セイン造船所にて起工
1940年 6月侵攻したドイツ軍に捕獲され建造中止。後に船台上で解体
ラ・ジェネルーズ [La Généreuse]
1939年ロリアン工廠にて起工
1940年 6月侵攻したドイツ軍に捕獲され建造中止。後に船台上で解体
ラ・ジワイユーズ [La Joyeuse]
1939年プロヴァンス造船所にて起工
1940年 6月侵攻したドイツ軍に捕獲され建造中止。後に船台上で解体
ラ・マリシューズ [La Malicieuse]
1939年ロリアン工廠にて起工
1940年 6月侵攻したドイツ軍に捕獲され建造中止。後に船台上で解体
ラ・リューズ [La Rieuse]
1939年ジロンド鉄工所にて起工
1940年 6月侵攻したドイツ軍に捕獲され建造中止。後に船台上で解体
ラ・セリューズ [La Sérieuse]
1939年ジロンド鉄工所にて起工
1940年 6月侵攻したドイツ軍に捕獲され建造中止。後に船台上で解体
ラ・トロンプーズ [La Trompeuse]
1939年プロヴァンス造船所にて起工
1940年 6月侵攻したドイツ軍に捕獲され建造中止。後に船台上で解体


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