ブーゲンヴィル型 植民地警備艦

"Bougainville" Class Colonial Sloops
Avisos Coloniaux Classe "Bougainville"


フランス海軍 フランス海軍


La Grandiere
スペックデータ
排水量:(基)1,969t ボイラー:−−−−−−− 燃料搭載量:重油297t
全長:(全)103.7m
全幅:12.7m 主機:Sulzer式もしくはBurmeister&Wain式ディーゼル機関×2基、2軸推進
吃水:4.5m
出力:3,200hp
武装:
40口径13.8cm単装砲3基、50口径37mm機関砲4門(後に
一部艦については40mm機関砲や20mm機関砲へ換装された)、
13.2mm機銃6門、機雷50個搭載可能、水偵1機搭載可能
最大速力:17.0kt
航続距離:14ktで7,600浬
乗員定数:135名

同型艦名
ブーゲンヴィル
[Bougainville]
デュモン・デュルヴィル
[Dumont-d'Urville]
サヴォルニアン・ド・ブラザ
[Savorgnan de Brazza]
ダントルカストー
[D'Entrecasteaux]
リゴー・ド・ジュヌイー
[Rigout de Genouilly]
アミラル・シャルネ
[Amiral Charner]
ディベルヴィル
[D'Iberville]
ラ・グランディエール
[La Grandière]
ボータン・ボープレ
[Beautemps-Beaupré]
ラ・ペルーズ
[La Pérouse]
  

ブーゲンヴィル型植民地警備艦について
 第二次大戦頃までのフランスは世界各地に植民地や領土を持っており、これら植民地と本国を繋ぐ海路 や権益を保護するための海軍力として通報艦[Aviso]と呼ばれる艦艇を保有していた。第一次大戦頃に 建造された通報艦が老朽化してきたため、1920年代末期から代替艦の建造が計画され、ワシントン条 約での制限(その他艦艇については排水量1万トン未満、備砲は8インチを超えないこと、速度は20ノ ット以下)に基づいた艦が設計された。
 世界各地へ航行するため長距離行動を念頭に設計が行われており、搭載機関は燃費が良い(ただし速力 は出ない)ディーゼル機関が採用されており、また長期間の航海に乗員が耐えられるよう居住性も良くな っている。主砲は同時期に建造された大型駆逐艦に搭載された物と同じ13.8センチ(5.46インチ) 砲が3基搭載された。なお連絡・偵察用に水偵1機も搭載可能となっているが、射出機(カタパルト)は 装備されていないため、水偵を運用する場合には機体を水上に降ろしてから発進させる必要があった。
 第二次大戦開戦までに10隻が計画され、そのうち8隻が第二次大戦に参加している(参加しなかった 2隻のうち「ボータン・ボープレ」は未竣工のまま自沈しており、「ラ・ペルーズ」は起工したものの進 水に至らなかった)。

ブーゲンヴィル型植民地警備艦の歴史
ブーゲンヴィル[Bougainville]
1927年ジロンド鉄工所(Forges et Chantiers de La Gironde)にて起工
1931年 4月21日進水
1932年竣工。インド洋で行動
1939年12月ツーロンへ帰還
1940年 5月仏領西アフリカ連邦総督府の指揮下となり、モロッコを拠点に行動
      9月10日リーブルヴィル(ガボン)へ派遣
     11月 9日ガボンを攻撃した自由フランス軍艦艇と交戦
姉妹艦「サヴォルニアン・ド・ブラザ」の砲撃を受け沈没
デュモン・デュルヴィル[Dumont-d'Urville]
1927年シュド・エスト造船(Chantiers Maritimes du Sud-Ouest)にて起工
1931年 3月21日進水
1932年竣工。太平洋(極東艦隊)で行動
1941年 1月17日タイ王国海軍艦艇と交戦(コーチャン海戦)
      4月マダガスカルへ移動
     11月ツーロンへ帰還
1942年 3月仏領西アフリカ連邦総督府の指揮下となる
     11月トーチ作戦(連合軍の北アフリカ上陸)に際し連合軍に降伏
1943年連合軍指揮下で大西洋航路の護衛任務に従事
1945年終戦後、仏海軍へ返還。インド洋にて任務に従事
1958年 3月26日退役。後にスクラップ
サヴォルニアン・ド・ブラザ[Savorgnan de Brazza]
1927年シュド・エスト造船にて起工
1931年 6月18日進水
1933年竣工。太平洋(極東艦隊)で行動
1940年 2月ラ・パリスへ帰還
      7月 3日脱出先の英ポーツマス軍港にて英軍に拿捕される
      8月自由フランス軍へ返還
      9月23日ダカール攻撃に参加
     11月 9日ガボン攻撃に参加。姉妹艦と交戦し「ブーゲンヴィル」を撃沈する
1941年 6月紅海へ派遣。ジブチ封鎖に参加
1942年 6月南大西洋にて船団護衛任務などに従事
1943年 7月マダガスカルへ進出
1945年終戦後は仏領インドシナで行動(46年以降インドシナ戦争に参加)
1957年 3月20日退役。後にスクラップ
ダントルカストー[D'Entrecasteaux]
1927年プロヴァンス造船所(Ateliers et Chantiers de Provence)にて起工
1931年 6月22日進水
1933年竣工。西アフリカ(モロッコ)で行動
1940年 6月14日イタリア沿岸部の砲撃作戦に参加
伊水雷艇「フォルツナーレ」[Fortunale]を拿捕する
      9月23日自由フランス軍のダカール攻撃に際し応戦を行う
1941年 6月ツーロンへ帰還
1942年 5月マダガスカルへ進出
      5月 6日ディエゴ・スワレス攻撃の英艦隊と交戦
英駆「ラフォーレイ」および英空母「インドミタブル」艦載機の攻撃を受け大破着底
1943年連合軍の手で浮揚される
1944年アーデンおよびビゼルトで修理を実施。修理中に武装解除となる
1948年10月19日退役。スクラップ
リゴー・ド・ジュヌイー[Rigout de Genouilly]
1930年ジロンド鉄工所(Forges et Chantiers de La Gironde)にて起工
1932年 9月18日進水
1933年竣工。太平洋(極東艦隊)にて行動
1940年 5月ラ・シオタへ移動。メルセルケビール戦隊に所属して行動
      7月 4日アルジェ沖にて英潜「パンドーラ」の雷撃を受け沈没(メルセルケビール海戦)
アミラル・シャルネ[Amiral Charner]
1931年シュド・エスト造船にて起工
1932年10月 1日進水
1933年竣工。太平洋(極東艦隊)で行動
1941年 1月17日タイ王国海軍艦艇と交戦(コーチャン海戦)
 インド洋などで警備任務に従事
1945年 3月 9日情勢悪化のため仏領インドシナを脱出するが、ミト(現ベトナム)沖にて
日軍機の攻撃を受け大破、翌日自沈
ディベルヴィル[D'Iberville]
1932年シュド・エスト造船にて起工
1934年 9月23日進水
1935年竣工。北アフリカ(モロッコ、ダカール、ラ・シオタ)などで行動
1941年 9月マダガスカルへ移動。ジブチ封鎖部隊の補給任務などに従事
1942年 7月ツーロンへ帰還
     11月27日ドイツ軍の接収をおそれ、ツーロンにて自沈
ラ・グランディエール[La Grandière]
1938年プロヴァンス造船所にて起工。当初艦名は「ヴィル・ディース」[Ville-d'Ys]
1939年 6月22日進水
1940年 4月 1日艦名を「ラ・グランディエール」と改名
      6月未完成のままフランス本国を脱出。オランへ移動
     10月艤装工事完了。北アフリカ方面で行動
1942年11月トーチ作戦(連合軍の北アフリカ上陸)に際し連合軍に降伏
1943年連合軍指揮下にて船団護衛任務などに従事
1959年11月23日退役。後にスクラップ
ボータン・ボープレ[Beautemps-Beaupré]
1938年ジロンド鉄工所にて起工
1939年 6月20日進水
1940年 6月24日フランス降伏によりジロンド河口にて自沈(工事進捗率84%)
ラ・ペルーズ[La Pérouse]
1939年ジロンド鉄工所にて起工
1940年 6月フランス降伏のため工事中止。船台上で解体される


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