砕氷艦「ふじ」

AGB "Huji"


ふじ
AGB5001「ふじ」Copyright JMSDF
スペックデータ
排水量:(基)5,000t 主機:富士電気ディーゼルエレクトリック 2軸推進
出力:12,000馬力
全長:100.0m
全幅: 22.0m
武装:
武装なし
ヘリコプター3機(シコルスキー・S-61Aを2機、ベル・モデル47G2Aを1機)搭載
吃水:  8.1m
最大速力:17.0kt
乗員定数:200名+観測隊員35名

砕氷艦「ふじ」について
 日本の南極観測の歴史は古く、ノルウェーとイギリスが極点到達一番乗りを目指していた頃とほぼ同時期にあたる1910年から12年にかけて白瀬矗(しらせ・のぶ)陸軍中尉も極点まで後一歩に迫る探検を行っていた。太平洋戦争で一時中断していた日本の南極観測であったが、昭和31年に海上保安庁の灯台補給船(元は旧海軍の特務艦)「宗谷」を砕氷艦に改修し、翌年から観測隊員を南極へ送り込み始めたことで再開している。しかし、この「宗谷」は貧弱な砕氷設備しか持たなかったため第2次観測隊の際には接岸できなかった(このとき収容できなかった橇犬が翌年まで越冬して生き残っていたというのが有名なタローとジローのエピソードである)ために「宗谷」に代わる砕氷艦建造が急務となった。
 そこで昭和39年度予算で建造されたのが、この海上自衛隊初の本格砕氷艦「ふじ」である。ノルウェーの砕氷船基準や米海軍砕氷艦グレイシアを参考にして設計された「ふじ」の建造は急ピッチで進められ翌年に竣工、昭和40年から南極観測に使用され始めた。なお当艦から運用が海上自衛隊に任されるようになっている。当艦運行に必要な乗組員200名の他に観測隊員40名と観測に必要な機材、補給物資を搭載できるスペースを持っている。
 しかし昭和46年1月には砕氷航行中に右側の推進プロペラを損傷し、厚い氷に阻まれたため一時自力で脱出できなくなるという事故を起こしたことからも判るように、十分と言える砕氷能力を持っていたわけではないようだ。
 当艦は昭和58年の南極観測からその座を後継の砕氷艦である「しらせ」に譲り、昭和59年に除籍された。現在は、名古屋港ガーデン埠頭に係留して一般公開されている。

同型艦一覧
艦番艦名起工進水竣工除籍建造所艦名の由来
5001ふじ
"Huji"
S39.8.28S40.3.18S40.7.15S59.4.11日鋼鶴見日本最高峰、富士山から取った


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