ハ−101型 潜水艦(潜輸小型)

"Ha-101" Class Submarines (Type"Sen'yu-Ko")


潜輸小型(側面図)
潜輸小型
(上段)「ハ−101」型側面図
(下段)「ハ−105」「ハ−106」「ハ−109」(1945年11月、米軍による調査時の写真。後方は空母「伊吹」

スペックデータ
排水量(水上):(常)429t排水量(水中):493t全長:(全)44.50m
出力(水上):400hp出力(水中):150hp全幅:6.10m
最大速力(水上):10.0kt最大速力(水中):5.0kt吃水:4.04m
航続距離(水上):10ktで3,000浬航続距離(水中):2.3ktで46浬乗員数:21名
燃料搭載量:重油 32t安全潜行深度:100.0m
主機関:中速ディーゼル機関×1基+電動モーター×1基、1軸推進
武装:
(魚雷発射管および甲板砲の搭載なし)
25mm単装機銃1基

同型艦名(10隻+未竣工2隻:背景色灰色のものは未竣工艦)
ハ−101"Ha-101"ハ−102"Ha-102"ハ−103"Ha-103"ハ−104"Ha-104"
ハ−105"Ha-105"ハ−106"Ha-106"ハ−107"Ha-107"ハ−108"Ha-108"
ハ−109"Ha-109"ハ−110"Ha-110"ハ−111"Ha-111"ハ−112"Ha-112"

ハ−101型潜水艦(潜輸小型)について

 陸軍が海軍の輸送能力に見切りを付け自前で輸送用潜水艦を建造していることを知った海軍では、同様の輸送潜水艦の建造に着手した(このように陸海軍別々で同様の兵器を作るという日本軍の効率の悪さは数多く存在する)。
 昭和19年末の議会で十二隻分の予算が成立したが、一番艦は予算成立前の同年6月に既に着工しており終戦までに十隻が竣工している。

 任務の特殊性から安全潜行深度100メートルを確保し水中航続力も増大が図られ、船体は溶接を多用しブロック工法を採用したため短期間での建造が可能となっている。ただし輸送が主任務だったため魚雷や甲板砲は搭載されておらず、兵装は25ミリ単装機銃が一基搭載されたのみだった。
 小型の船体の割に60トンという大量の貨物を搭載でき、当初の予定では小笠原方面への物資輸送任務に就く予定だったが、米軍が硫黄島を占領したため輸送はあまり行われず、一部の艦は本土空襲に来襲する敵爆撃機の哨戒任務にも就いている。「ハ−106」〜「ハ−109」の四隻は特攻兵器「蛟龍」搭載艦に改造され、「ハ−101」〜「ハ−105」の五隻は航空燃料輸送用の潜水タンカーへの改造が進められたが、潜水タンカーへの改修は「ハ−104」だけが完了しただけに終わった。


ハ−101型潜水艦(潜輸小型)の歴史
「ハ−101」 
1944年 6月 8日川崎重工にて起工
       8月22日進水
      11月22日竣工
1945年 1月27日第7潜水隊に編入
       6月17日〜南鳥島への輸送任務のため横須賀を出港。28日南鳥島に到着、物資揚陸
       7月 7日〜横須賀へ帰還。以降は航空機燃料輸送の改装工事を実施
       8月15日改装工事未完了のまま終戦を迎える
       9月15日除籍。同年10月清水市(静岡県)沖で海没処分される
「ハ−102」 
1944年 6月 8日川崎重工にて起工
       8月22日進水
      12月 6日竣工
1945年 2月20日第7潜水隊に編入
       4月上旬南鳥島への輸送任務を実施。5月?横須賀へ帰還
       6月末南鳥島への輸送任務を実施。7月7日横須賀へ帰還
       7月14日〜航空機燃料輸送の改装工事を実施
       8月15日改装工事未完了のまま終戦を迎える
       9月15日除籍。同年10月清水市沖で海没処分される
「ハ−103」 
1944年 6月29日川崎重工にて起工
      10月21日進水
1945年 2月 3日竣工
       4月15日第16潜水隊に編入
       4月16日〜南大東島への輸送任務のため呉を出港。22日呉へ帰還
       4月29日〜敵爆撃機哨戒任務のため本州南方へ出撃。5月20日呉へ帰還
       7月 1日第34潜水隊に編入
       8月15日第15潜水隊に編入。終戦を迎える
      10月30日除籍。翌年4月1日五島沖で海没処分される
「ハ−104」 
1944年 7月 1日三菱重工神戸にて起工
       9月30日進水
      12月 1日竣工
1945年 2月 5日第7潜水隊に編入
       5月10日〜南鳥島への輸送任務のため横須賀を出港
       6月 1日〜横須賀へ帰還。以降は航空機燃料輸送の改装工事を実施
       8月15日終戦を迎える
       9月15日除籍。同年10月清水市沖で海没処分される
「ハ−105」 
1944年 6月29日川崎重工にて起工
      10月31日進水
1945年 2月15日竣工
       5月17日第16潜水隊に編入
       5月25日〜敵爆撃機哨戒任務のため本州南方へ出撃。6月中旬呉へ帰還
       7月 4日〜奄美大島への輸送任務のため呉を出港
       7月中旬〜呉へ帰還。以降は航空機燃料輸送の改装工事を実施
       8月15日改装工事未完了のまま終戦を迎える
      11月30日除籍。翌年4月五島沖で海没処分される
「ハ−106」 
1944年 7月 1日三菱重工神戸にて起工
      10月30日進水
      12月15日竣工
      12月30日海上護衛総司令部部隊に編入
1945年 3月 5日第1機動基地航空部隊に編入
       3月 9日〜大東島方面へ向け鹿屋を出撃。11日第二次丹作戦(ウルシー泊地への爆撃機
による奇襲)に協力。13日鹿屋へ帰還
       8月15日終戦を迎える
      11月30日除籍。翌年4月1日五島沖で海没処分される
「ハ−107」 
1944年 8月 1日三菱重工神戸にて起工
      12月20日進水
1945年 2月 7日竣工
       3月20日第33潜水隊に編入。練習潜水艦として使用される
       8月15日終戦を迎える
      11月30日除籍。翌年4月1日五島沖で海没処分される
「ハ−108」 
1944年 9月 5日川崎重工にて起工
      12月28日進水
1945年 3月10日竣工
       5月 6日第33潜水隊に編入。練習潜水艦として使用される
       8月15日終戦を迎える
      11月30日除籍。翌年4月1日五島沖で海没処分される
「ハ−109」 
1944年 8月 1日三菱重工神戸にて起工
1945年 1月10日進水
       3月10日竣工
       3月20日第10特攻戦隊に編入。「蛟龍」母艦任務に従事
       8月15日終戦を迎える
      11月30日除籍。翌年4月1日五島沖で海没処分される
「ハ−110」 
1944年 9月 5日川崎重工にて起工
1945年 1月12日進水
       8月15日工程約9割5分の時点で終戦を迎える
1946年 4月15日紀伊水道で海没処分される
「ハ−111」 
1944年11月16日三菱重工神戸にて起工
1945年 3月22日進水
       7月13日竣工。同日第10特攻戦隊に編入。「蛟龍」母艦任務に従事
       8月15日終戦を迎える
      11月30日除籍。翌年4月1日五島沖で海没処分される
「ハ−112」 
1944年11月16日川崎重工にて起工
1945年 4月15日進水
       8月15日工程約9割5分の時点で終戦を迎える
1946年 4月15日紀伊水道で海没処分される


検索画面に戻るときはブラウザの「戻る」等の機能を使用してください。 LAST UPDATE 2015,08,21(First Up 1999,07,12)