イ−351型 潜水艦(潜補型)

"I-351" Class Submarines (Type"Senho")


潜補型(側面図)
「潜補型」(側面図)
スペックデータ
 水上水中 
排水量:(常)3,512t4,290t全長:(全)111.0m
出力:3,700hp1,200hp全幅:10.15m
最大速力:15.8kt6.3kt吃水:6.14m
航続距離:14kt-13000浬3kt-100浬乗員数:77名
燃料搭載量:重油 600t安全潜行深度:90.0m
主機関:艦本式22号10型ディーゼルエンジン×2基、2軸推進
武装:
【魚雷4発搭載】53cm魚雷発射管4門(艦首4)
14口径8cm連装迫撃砲2基、25mm3連装機銃1基、25mm連装機銃2基

同型艦名(1隻+未竣工1隻)
イ−351"I-351"イ−352"I-352"

イ−351型潜水艦(潜補型)について
 補給用潜水艦の着想は古く、大正11年(1922年)の国防方針改定時には既に軍備計画に記述されていたのだが、このときは軍縮条約による潜水艦保有量の制限や個艦能力の進歩により日の目を見ることはなかった。
 昭和12年に軍縮条約から脱退した日本海軍は、当時発展途上だった航空機の行動半径を広げるため大型飛行艇をサポートする飛行艇母艦と兵站用潜水艦の建造を計画し、太平洋戦争開戦前後には既存の大型潜水艦を改造して水中タンカーとしての洋上給油実験も行われた。
 そして昭和16年(1941年)のマル追計画で、初めて兵站専用潜水艦として計画建造されたのが潜補型である。計画では三隻の建造予定であったが、海軍は艦隊型潜水艦に重点を置いたため建造の優先順位は低く、着工できたのは二隻で竣工できたのは「イ−351」の一隻のみである。
 潜補型はガソリン500キロリットルを搭載して航行でき、任務の特殊性から水中に連続100時間あまりの潜行が可能だったが、水上用機関は低出力な艦本22号式であったため水上速力は速くなかった。なお魚雷搭載数は自衛用の四本だけであり予備にもう四本搭載するもともできたが、この場合は積載物を12トン減らす必要があったという。
 竣工した「イ−351」は、戦局の悪化により外地からの石油輸送が途絶えがちになっている情勢もあり、シンガポールから航空機用ガソリンの輸送を行ったが、輸送が成功したのは1回だけで2回目の輸送の帰路に戦没してしまった。

イ−351型潜水艦(潜補型)の歴史
「イ−351」 
1943年 5月 1日呉工廠にて起工
1944年 2月24日進水
1945年 1月28日竣工
       4月 4日第15潜水隊に編入
       5月 1日〜航空機用揮発油搭載のためシンガポールへ向け呉を出港
シンガポールにて航空燃料を搭載し、6月3日佐世保へ帰還
       6月22日〜航空機用揮発油搭載のためシンガポールへ向け佐世保を出港
       7月11日〜佐世保へ向けシンガポールを出航後、消息不明となる
(7月14日ボルネオ島沖で米潜「ブルーフィッシュ」の雷撃を受け沈没)
       9月15日除籍(7月31日戦没認定)
「イ−352」 
1943年11月 8日呉工廠にて起工
1944年 4月23日進水
1945年 6月22日工程約9割の時点で呉港内にて米軍機の攻撃を受け大破、沈没
1948年 1月〜終戦後、引き揚げの後解体される


検索画面に戻るときはブラウザの「戻る」等の機能を使用してください。 LAST UPDATE 2015,08,22(First Up 1999,07,09)