ロ−16型 潜水艦(海中3型)

"Ro-16" Class Submarines (Type"Kaityuu3")


ロ−25
「ロ−25潜水艦」(1930年頃)
第四〇潜水艦
「第四〇潜水艦」(1922年)
スペックデータ
 水上水中 
排水量:(常)772t997t全長:(全)70.1m
出力:2,600hp1,200hp全幅:6.12m
最大速力:16.5kt8.5kt吃水:3.73m
航続距離:10kt-6000浬4kt-85浬乗員数:46名
燃料搭載量:重油 75t安全潜行深度:45.7m
主機関:ズルサー式2号ディーゼル機関×2基、2軸推進
武装:
【魚雷10発搭載】45cm魚雷発射管4門(艦首)、45cm魚雷発射筒2基(甲板上)
28口径7.6cm単装高角砲1基

同型艦名(10隻)
ロ−16"Ro-16"ロ−17"Ro-17"ロ−18"Ro-18"ロ−19"Ro-19"ロ−20"Ro-20"
ロ−21"Ro-21"ロ−22"Ro-22"ロ−23"Ro-23"ロ−24"Ro-24"ロ−25"Ro-25"

ロ−16型潜水艦(海中3型)について
 「海中1型」「海中2型」と中型潜水艦の改良に取り組んできた日本海軍が、海中型潜水艦の量産型として建造したのがこの「海中3型」である。
 細部を除いて基本的な設計は「海中2型」に準じているが、「ロ−19」だけは艦長が司令塔内部で指揮が出来るように改良されている(他の艦では艦長は水上航行中、露天艦橋で指揮をしていた)。
 安全潜行深度がこれまでの海中型より1.5倍に増大しているものの航洋性や水上速力は向上しておらず、艦隊に随伴する航洋型潜水艦として用兵側が要望していた性能は満たせなかった。また、海中型は艦内の冷却設備が不十分で、海水温も気温も高い南方海上での任務活動は大変な苦労があったと伝えられている。

ロ−16型潜水艦(海中3型)の歴史
「ロ−16」 
1922年 4月29日呉工廠にて竣工。「第三七潜水艦」と命名
1924年11月 1日艦名を「呂号第一六潜水艦(ロ−16)」と改称
1933年 9月 1日除籍。除籍後、立弓削商船学校に展示
「ロ−17」 
1921年10月20日呉工廠にて竣工。「第三四潜水艦」と命名
1924年11月 1日艦名を「呂号第一七潜水艦(ロ−17)」と改称
1936年 4月 1日除籍
「ロ−18」 
1921年12月15日呉工廠にて竣工。「第三五潜水艦」と命名
1924年11月 1日艦名を「呂号第一八潜水艦(ロ−18)」と改称
1936年 4月 1日除籍。艦名を「廃潜第4号」と改称
「ロ−19」 
1922年 3月15日呉工廠にて竣工。「第三六潜水艦」と命名
1924年11月 1日艦名を「呂号第一九潜水艦(ロ−19)」と改称
1936年 4月 1日除籍。艦名を「廃潜第5号」と改称
「ロ−20」 
1922年 2月 2日横須賀工廠にて竣工。「第三八潜水艦」と命名
1924年11月 1日艦名を「呂号第二〇潜水艦(ロ−20)」と改称
1934年 4月 1日除籍。除籍後(神奈川県)三浦郡水産会に移籍
「ロ−21」 
1922年 2月 2日横須賀工廠にて竣工。「第三九潜水艦」と命名
1924年11月 1日艦名を「呂号第二一潜水艦(ロ−21)」と改称
1934年 4月 1日除籍。除籍後(神奈川県)三浦郡水産会に移籍
「ロ−22」 
1922年10月10日横須賀工廠にて竣工。「第四〇潜水艦」と命名
1924年11月 1日艦名を「呂号第二二潜水艦(ロ−22)」と改称
1934年 4月 1日除籍
「ロ−23」 
1923年 4月28日横須賀工廠にて竣工。「第四一潜水艦」と命名
1924年11月 1日艦名を「呂号第二三潜水艦(ロ−23)」と改称
1935年 4月 1日除籍。雑役船第3106号として使用される
「ロ−24」 
1920年11月30日佐世保工廠にて竣工。「第四二潜水艦」と命名
1924年11月 1日艦名を「呂号第二四潜水艦(ロ−24)」と改称
1935年 4月 1日除籍。雑役船第3107号として使用される
「ロ−25」 
1921年10月25日佐世保工廠にて竣工。「第四三潜水艦」と命名
1924年 3月19日佐世保港外にて軽巡「龍田」と衝突、沈没(乗員全員が殉職)
       4月25日引き揚げ。修理の後に再就役
      11月 1日艦名を「呂号第二五潜水艦(ロ−25)」と改称
1936年 4月 1日除籍


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