㊅(マル6)型 潜水艦

"Maru-6" Class Submarines (UB-125 & UB-143)


マル6
「㊅(マル6)潜水艦」(1919年)
マル7
「㊆(マル7)潜水艦」(1919年)
スペックデータ
排水量(水上):(基)512t排水量(水中):643t全長:(全)55.9m
出力(水上):1,060hp出力(水中):788hp全幅:5.8m
最大速力(水上):13.9kt最大速力(水中):7.6kt吃水:3.7m
航続距離(水上):6ktで7,280浬航続距離(水中):4ktで55浬乗員数:34名
燃料搭載量:重油 68t安全潜行深度:50.0m
主機関:(㊅(マル6))Körting Hannover社製6気筒ディーゼル機関×2基
     (㊆(マル7))Benz社製6気筒ディーゼル機関×2基
       (各艦とも)+Siemens-Schuckertwerke (SSW)製電動モーター×2基、2軸推進
武装:
《魚雷10発搭載》50cm魚雷発射管5門(艦首4、艦尾1)、
(㊅(マル6))30口径8.8cm単装高射砲1基or(㊆(マル7))45口径10.5cm単装高射砲1基

同型艦名(2隻)
㊅ "Maru-6"㊆ "Maru-7"

㊅(マル6)型潜水艦について

 「㊀(マル1)」などと同様に第一次世界大戦で敗戦したドイツからの戦利艦。元はドイツ海軍潜水艦「UB−125」(㊅(マル6)) と「UB−143」(㊆(マル7))で、両艦ともUB III 型と呼ばれる沿岸哨戒用の小型潜水艦であるが、搭載している備砲や艦橋(司令塔)形状などが異なっているため、写真を一見しただけでは同型艦に見えない。

 他の第一次大戦における戦利潜水艦同様に艦籍編入はされず国内各地を巡回して戦勝報告のための一般公開もされた後、参考のために調査研究されているが広大な太平洋全域が潜水艦の戦場と考えていたことや、小型のロ号潜水艦建造については英国やイタリアからの輸入艦といったお手本があったため、本クラスを元にした艦の開発設計は行われなかった。


㊅(マル6)型潜水艦の歴史
「㊅(マル6)」 
1918年 4月16日ドイツのヴェーザー社にて進水
       5月18日竣工。独海軍潜水艦「UB−125」として就役
      11月20日連合軍に降伏
      12月19日英国ハリッジにて戦利艦として日本海軍に引き渡し
1919年 6月日本へ回航され横須賀へ到着
 戦利艦として日本各地で展示される
1921年佐世保工廠にて解体調査。後に船体は工廠内の浮き桟橋として利用される
(呉工廠にて解体処分されたとする資料もある)
「㊆(マル7)」 
1918年 8月21日ドイツのヴェーザー社にて進水
      10月 7日竣工。独海軍潜水艦「UB−143」として就役
      12月 1日連合軍に降伏
      12月19日英国ハリッジにて戦利艦として日本海軍に引き渡し
1919年 6月日本へ回航され横須賀へ到着
 戦利艦として日本各地で展示される
1921年横須賀工廠にて解体調査。後に船体は工廠内の浮き桟橋として利用される
(横浜にて解体処分されたとする資料もある)


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