潜水艦 ㊀(マル1)

Submarine "Maru-1" (U-125)


マル1
「㊀(マル1)潜水艦」(1919年)
スペックデータ
排水量(水上):(基)1,163t排水量(水中):1,468t全長:(全)82.0m
出力(水上):2,400hp出力(水中):1,235hp全幅:7.4m
最大速力(水上):11.5kt最大速力(水中):8.0kt吃水:4.2m
航続距離(水上):8ktで11,470浬航続距離(水中):4.5ktで35浬乗員数:40名
燃料搭載量:重油 191t安全潜行深度:50.0m
主機関:MAN/ブローム&フォス製ディーゼル機関
       +Siemens-Schuckertwerke (SSW)製電動モーター×2基、2軸推進
武装:
《魚雷14発搭載》50cm魚雷発射管4門(艦首)、
45口径15cm単装砲2基、機雷42個搭載

同型艦名(1隻)
㊀ "Maru-1"

潜水艦 ㊀(マル1)について

 第一次世界大戦で勝利した日本海軍は、敗戦国であるドイツから戦利艦として何隻かの潜水艦の引き渡しをうけた。この艦もそのうちの一隻で元はドイツ海軍所属の潜水艦「U−125」(UE II 型)であった。
 今までの日本海軍にはなかった大型かつ長距離の航続力を持った機雷敷設用潜水艦であったため、日本へ回航後に詳しい調査が行われ、以後の潜水艦建造の参考として利用されたが日本海軍籍には編入されなかった。

 なお日本海軍がドイツからの潜水艦回航を無事成功させたことには世界中の海軍関係者が驚いたと伝えられている。
 本来は数字の一を○で囲んだものが艦名となるが、フォントが無いため当サイトではO−1のように表記している点に注意頂きたい。
 ※Unicodeに「Circled ideographs」として丸付きの漢数字が実装されていたため艦名表記をUnicodeで記述しましたが、Unicode非対応のブラウザでは表示されない可能性があります。


潜水艦 ㊀(マル1)の歴史
「㊀(マル1)」 
1918年 5月26日ドイツのブローム・ウント・フォス社にて進水
1918年 9月 4日竣工。独海軍「U−125」として就役
      11月26日連合軍に降伏
      12月19日英国ハリッジにて戦利艦として日本海軍に引き渡し
1919年 6月18日日本へ回航され横須賀へ到着
 戦利艦として全国各地で展示される
1921年 3月〜横須賀工廠にて解体調査が行われる
1924年 3月〜潜水学校(呉)の浮き桟橋として使用される
1925年横須賀にて「朝日」搭載の潜水艦救難装置沈錘船に改造される
1931年 8月19日艦名を「公称第2900号」と改称
1935年解体処分となる


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