潜水艦 イ−52(初代)(海大2型)

Submarine "I-52(1)" (Type"Kaioo2")


イ−52
「イ−52潜水艦」(1925年)
スペックデータ
 水上水中 
排水量:(常)1,500t2,500t全長:(全)100.85m
出力:6,800hp2,000hp全幅:7.64m
最大速力:20.1kt7.7kt吃水:5.14m
航続距離:10kt-10000浬4kt-100浬乗員数:58名
燃料搭載量:重油 230t安全潜行深度:45.7m
主機関:ズルサー式3号ディーゼル機関×2基、2軸推進
武装:
【魚雷16発搭載】53cm魚雷発射管8門(艦首6、艦尾2)
45口径12cm単装砲1基、40口径7.6cm単装高角砲1基
(後に7.6cm高角砲は機銃に換装されている)

同型艦名(1隻)
イ−52(初代)"I-52(1)"

潜水艦 イ−52(海大2型)について
 海大1型(「イ−51」)で大型高速潜水艦の建造を目指した日本海軍だったが、間に合わせの機関を搭載したため速度目標を達成することは出来なかった。しかしその後ズルサー社が高出力エンジンを開発したため、それを搭載した海大2型潜水艦が建造されることとなった。
 計画速力は22ノットに設定され、3,400馬力の機関を二基搭載し、船体も細長くするなど高速力の発揮を狙った設計を行ったが、機関の不調などにより目標速度は達成できなかった。しかし公試の際の最高(水上)速力21.4ノットは当時の潜水艦として最高速であった。
 「イ−51」と同様に昭和3年には艦隊任務から外れ訓練任務などに従事しており、太平洋戦争勃発後も実戦に出撃することはなく、昭和17年には新たに建造された巡潜に艦番を譲って「イ−152」と改称されている。終戦時にも係留練習艦として残存していたが、戦後解体処分となった。

潜水艦 イ−52(海大2型)の歴史
「イ−52」 
1922年 2月14日呉工廠にて「第五一潜水艦」として起工
1923年 6月12日進水
1924年11月 1日艦名を「伊号第五二潜水艦(イ−52)」と改称
1925年 5月30日竣工
1926年「イ−51」と共に第二艦隊第十七潜水隊を編成
1928年艦隊任務を外れ、呉防備隊の練習艦として訓練任務に従事
1935年機関学校の練習艦となる
1941年再度、呉防備隊の練習艦となる
1942年 5月20日艦名を「伊号第一五二潜水艦(イ−152)」と改称
       8月 1日除籍。艦名を「廃潜第14号」と改称。潜水学校の係留練習船となる
1945年 8月15日終戦時も係留練習船として残存
1946年播磨造船所にて解体処分


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