潜水艦 イ−51(海大1型)

Submarine "I-51" (Type"Kaioo1")


イ−51
「イ−51潜水艦」(1920年代)
スペックデータ
排水量(水上):(常)1,500t排水量(水中):2,430t全長:(全)91.44m
出力(水上):5,200hp出力(水中):2,000hp全幅:8.81m
最大速力(水上):18.4kt最大速力(水中):8.4kt吃水:4.60m
航続距離(水上):10ktで20,000浬航続距離(水中):4ktで100浬乗員数:70名
燃料搭載量:重油 508t安全潜行深度:45.7m
主機関:ズルサー式2号ディーゼル機関×4基+電動モーター×4基、4軸推進
武装:
《魚雷24発搭載》53cm魚雷発射管8門(艦首6、艦尾2)、
45口径12cm単装砲1基

同型艦名(1隻)
イ−51"I-51"

潜水艦 イ−51(海大1型)について

 艦隊に随行して作戦を行う潜水艦として海中型を建造してきた日本海軍であったが、海中型程度の大きさの潜水艦では速力や航続力の問題から艦隊と連携が難しく、列強各国でも水上高速型の大型潜水艦の開発が始まったこともあり海中型より大型の潜水艦の建造が計画された。
 計画ではアメリカ海軍戦艦の平均速力21ノットを上回る水上速力を要求されていたが、そのような速力を発揮できるディーゼル機関を調達するには時間がかかるため、やむを得ず海中型に搭載されたものと同じ機関を二隻分(四基)搭載することになった。これにより潜水艦としては珍しい四軸スクリュー艦となっている。しかし完成後の公試で最高速力18.4ノットしか出せず要求どおりの速力は発揮出来なかった。
 もともと実験艦的要素の大きかった艦なので同型艦は建造されなかったが、多様な実験を繰り返して以降の海大型建造の基礎を築き、海大型が量産されるようになってからは潜水艦への航空機搭載の実験艦としても使用されている。

 なお「海大」は「海軍大型」の略なので、読みは「かいおお」と読む(「かいだい」では無い)点に注意。


潜水艦 イ−51(海大1型)の歴史
「イ−51」 
1921年 4月 6日呉工廠にて起工
      11月29日進水
1924年 6月20日竣工。「第四四潜水艦」と命名
      11月 1日艦名を「伊号第五一潜水艦(イ−51)」と改称
1926年「イ−52」と共に第二艦隊第十七潜水隊を編成
1928年艦隊任務から外れ、練習艦として訓練任務などに従事
1931年後甲板に円筒形の格納筒を装備し、航空機運用の実験艦となる
1933年後甲板にカタパルトを装備し、水上機発艦の試験を行う
1940年 4月 1日除籍。「廃潜第3号」と改名され、船体は佐伯湾で航空隊の爆撃訓練標的となる


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