潜水艦 イ−6(巡潜2型)

Submarine "I-6" (Type"Jyunsen2")


イ−6
「イ−6潜水艦」(1935年頃)
スペックデータ
排水量(水上):(常)2,243t排水量(水中):3,061t全長:(全)98.50m
出力(水上):8,000hp出力(水中):2,600hp全幅:9.06m
最大速力(水上):21.0kt最大速力(水中):7.5kt吃水:5.31m
航続距離(水上):10ktで20,000浬航続距離(水中):3ktで60浬乗員数:68名
燃料搭載量:重油 580t安全潜行深度:80.0m
主機関:艦本式1号甲7型ディーゼル機関×2基+電動モーター×2基、2軸推進
武装:
《魚雷17発搭載》53cm魚雷発射管6門(艦首4、艦尾2)、
40口径12.7cm単装高角砲1基、13mm単装機銃1基、
水偵1機搭載(射出機1基)

同型艦名(1隻)
イ−6"I-6"

潜水艦 イ−6(巡潜2型)について

 航洋型高速潜水艦である巡潜1型の改良型として建造されたのが巡潜2型である。主機関は艦本式一号甲七型ディーゼルエンジンに変更されたが、巡潜1型のラ式2号ディーゼル機関に劣らない高速力と長大な航続距離を発揮した。
 しかし戦略方針の転換から姉妹艦として建造される予定であったイ−7、イ−8両艦は潜水戦隊旗艦としての設備を付加するよう設計変更されたため、このイ−6に同型艦はない。
 なお偵察用として91式水上偵察機が一機搭載されており、建造時から水上機射出用カタパルトを装備した最初の潜水艦でもあった。ただし射出機設置のため巡潜1型では後甲板にあった備砲は搭載されず、搭載魚雷も減少するなど直接的な攻撃力は下がっている。

 太平洋戦争では南洋から北方海域まで広い範囲で活動したが、最後はサイパンに孤立した第6艦隊司令部救出のために派遣され戦没した(正確な戦没原因は不明)。この第6艦隊司令部救出には当艦のほかにも複数の潜水艦が派遣されているが無事にたどり着いた艦は無く、司令長官高木武雄中将をはじめとする司令部はサイパンで玉砕した。


潜水艦 イ−6(巡潜2型)の歴史
「イ−6」 
1932年10月14日川崎造船所にて起工
1934年 3月31日進水
1935年 5月15日竣工
1941年12月〜太平洋戦争に参加。開戦時はハワイ攻撃部隊に参加
1942年 1月12日ジョンストン島沖で米空母「サラトガ」を攻撃、損傷を与える
       2月〜ジャワ・インド洋方面へ進出。通商破壊などに従事。5月本土帰還
       6月〜アリューシャン方面へ進出。作戦に従事。8月本土帰還
       8月末〜魚雷発射管を機雷敷設用に改造する工事を行う。翌年2月完了
1943年 3月ブリスベーンのモントレ湾に機雷を敷設
       4月〜ラバウル方面で輸送任務に従事。5月本土へ帰還
       7月〜北方海域へ進出。キスカ撤退を支援
      10月ラバウルへ進出。パプアやニューブリテン島への輸送任務に従事
1944年 5月本土へ帰還。休養や艦長交代を行う
       6月15日第6艦隊司令部救出のためサイパンへ向け出撃、消息不明となる
(7月14日サイパン沖にて米護衛駆「ウィリアム・C・ミラー」の攻撃を受け沈没)
(6月15日八丈島沖にて特設運送艦「豊川丸」の誤認攻撃により沈没との説もある)
       9月10日除籍(同年6月30日戦没認定)


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