5 帝國海軍の艦船(イ−1型)

イ−1型 潜水艦(巡潜1型)

"I-1" Class Submarines (Type"Jyunsen1")


イ−1
「イ−1潜水艦」(1926年:公試時)
スペックデータ({ }内は「イ−5」の数値)
 水上水中 
排水量:(常)2,135t2,791t全長:(全)97.50m
出力:6,000hp2,400hp全幅:9.22m
最大速力:18.8kt8.1kt吃水:5.00m
航続距離:10kt-24000浬3kt-60浬乗員数:60名{68名}
燃料搭載量:重油 545t{580t}安全潜行深度:75.0m
主機関:ラウシェンバッハ式2号ディーゼル機関×2基、2軸推進
武装:
【魚雷22発{20発}搭載】53cm魚雷発射管6門(艦首4、艦尾2)、
40口径14cm{12.7cm}単装砲2基、{水偵1機搭載}

同型艦名(5隻)
イ−1"I-1"イ−2"I-2"イ−3"I-3"イ−4"I-4"イ−5"I-5"

イ−1型潜水艦(巡潜1型)について
 日本海軍は艦隊に随伴して主力艦を援護する海大型潜水艦を開発したが、それ以外にも敵地深くに進出して攻撃が可能な遠距離攻撃用潜水艦も欲したため、第一次世界大戦末にドイツが開発した長大な航続距離を持つ航洋型潜水艦「U−142」(※第二次大戦時に建造された同名艦とは異なる)の設計図を入手するとともに、ドイツのゲルマニア造船所から「U−142」の設計者であるテッヘル博士以下技術者を日本へ招き巡航潜水艦の開発を行うことを決定、これにより建造された巡潜1型は兵装を日本式に改めた他は「U−142」そのままの設計であった。
 ただし燃料搭載量は「U−142」より増量し、20,000浬/6ノットだった航続距離を24,000浬/10ノットにまで伸ばしている。この長大な航続距離により巡潜1型はアメリカ西海岸を作戦行動圏内におさめることが出来るようになった。また「イ−5」は偵察用の水上機を分解して格納筒に収納しており、偵察力が増強されている。そのため「イ−5」を巡潜1型改と分類している資料もある。
 太平洋戦争では若干老朽化していたため主に輸送任務などに使用されたが、連合軍の執拗な対潜作戦により全ての艦が戦没している。

イ−1型潜水艦(巡潜1型)の歴史
「イ−1」 
1924年 3月12日川崎造船所にて「第七四潜水艦」として起工
      11月 1日艦名を「伊号第一潜水艦(イ−1)」と改称
1925年10月15日進水
1926年 3月10日竣工
1941年12月太平洋戦争開戦時、ハワイ沖にて監視任務に従事
      12月31日ハワイ島ヒロ湾を浮上砲撃する
1942年前半インド洋(オーストラリア西方)にて通商破壊任務に従事
       6月〜アリューシャン攻略を支援
1942年後半ソロモン海域へ転戦。ガダルカナル攻略を支援
1943年 1月29日ガダルカナル輸送作戦中、ニュージーランド軍武装トローラ「キーウィ」「モア」の攻撃を受け浮上。浮上後交戦中、「キーウィ」に衝突され沈没
       4月 1日除籍
「イ−2」 
1923年 8月 6日川崎造船所にて「第七五潜水艦」として起工
1924年11月 1日艦名を「伊号第二潜水艦(イ−2)」と改称
1925年 2月23日進水
1926年 7月24日竣工
1941年12月太平洋戦争開戦時、ハワイ沖にて監視任務に従事
      12月31日マウイ島を浮上砲撃する
1942年前半インド洋(オーストラリア西方)にて通商破壊任務に従事
       6月〜アリューシャン攻略を支援
       7月17日ダッチハーバー沖にてソビエト船を砲撃
1942年後半ソロモン海域へ転戦。ガダルカナル攻略を支援
1943年アリューシャン方面へ転戦。キスカ撤退を支援
1944年トラック方面へ転戦。ニューギニアへの輸送任務などに従事
       4月 7日トラックへの輸送任務中、消息不明
(同日、ラバウル北方イザベル海峡にて米駆逐艦「ソーフレイ」の攻撃を受け沈没)
       6月10日除籍(同年5月4日戦没認定)
「イ−3」 
1923年11月 1日川崎造船所にて「第七六潜水艦」として起工
1924年11月 1日艦名を「伊号第三潜水艦(イ−3)」と改称
1925年 6月 8日進水
1926年11月30日竣工
1941年12月太平洋戦争開戦時、ハワイ沖にて監視任務に従事
1942年前半インド洋(オーストラリア西方)にて通商破壊任務に従事
       6月〜アリューシャン攻略を支援
1942年後半ソロモン海域へ転戦。ガダルカナル攻略を支援
      12月 9日ガダルカナル輸送任務中、米魚雷艇「PT−59」の攻撃を受け沈没
1943年 1月20日除籍
「イ−4」 
1926年 4月17日川崎造船所にて起工
1928年 5月22日進水
1929年12月24日竣工
1941年12月太平洋戦争開戦時、ハワイ沖にて監視任務に従事
1942年前半インド洋(オーストラリア西方)にて通商破壊任務に従事
       6月〜アリューシャン攻略を支援
1942年後半ソロモン海域へ転戦。ガダルカナル攻略を支援
      12月20日ガダルカナル輸送任務中、消息不明
(12月21日米潜「シー・ドラゴン」の攻撃を受け沈没)
1943年 3月 1日除籍(同年1月5日戦没認定)
「イ−5」 
1929年10月30日川崎造船所にて起工
1931年 6月19日進水
1932年 7月31日竣工
1941年12月太平洋戦争開戦時、ハワイ沖にて監視任務に従事
1942年前半インド洋(オーストラリア西方)にて通商破壊任務に従事
       2月24日ティモール島近海にて味方機の誤射により軽微な損傷を負う
       6月〜アリューシャン攻略を支援
1942年後半ソロモン海域へ転戦。ガダルカナル攻略を支援
1943年アリューシャン方面へ転戦。キスカ撤退を支援
1944年トラック方面へ転戦。ニューギニアへの輸送任務などに従事
       7月19日ラエ輸送任務中、消息不明(米駆逐隊の攻撃を受け沈没)
       9月10日除籍(同年7月19日戦没認定)


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