ハ−7型 潜水艦(C3型)

"Ha-7" Class Submarines (Type C3)


第一六潜水艇
「第一六潜水艇」(1916年:公試直前の撮影と言われる)
スペックデータ
排水量(水上):(常)290t排水量(水中):323t全長:(全)43.73m
出力(水上):600hp出力(水中):300hp全幅:4.14m
最大速力(水上):12.0kt最大速力(水中):8.5kt吃水:3.43m
航続距離(水上):12ktで660浬航続距離(水中):4ktで60浬乗員数:30名
燃料搭載量:ガソリン 18.2t安全潜行深度:30.5m
主機関:ビッカース式ガソリン機関×1基+電動モーター×1基、1軸推進
武装:
《魚雷4発搭載》45cm魚雷発射管2門(艦首)、45cm魚雷発射筒2基(甲板上)

同型艦名(2隻)
ハ−7"Ha-7"ハ−8"Ha-8"

ハ−7型潜水艦(C3型)について

 川崎型潜水艇により純国産の潜水艦建造を行った日本海軍であったが、性能的に失敗作であったためヨーロッパ(フランスなど)から潜水艦を輸入して研究を続ける予定であった。しかし第一次世界大戦の勃発によりヨーロッパからの潜水艦輸入は困難となり、また大戦参戦により潜水艦部隊の増強を図る必要にも迫られたため、「ハ−3」型を元にした潜水艦の国内建造を行うことにし、建造されたのが本クラスである。
 船体自体は「ハ−3」型と同じ設計であったが、雷撃力強化のため艦首魚雷発射管二基の他に甲板上へ設置した鉄製のカゴ状の発射装置に二基の魚雷を搭載している。ただし甲板上の発射筒に収められる魚雷は潜水中の整備が不可能であった。

 ベースとしたビッカース社製C型潜水艦は列強各国の新型潜水艦に比べ旧式化していた感が否めないものの、部品等を国産供給とした点で将来の潜水艦国産化に向けた一歩を示した艦と言えよう。


ハ−7型潜水艦(C3型)の歴史
「ハ−7」 
1916年 1月 8日呉工廠にて起工
       3月15日進水
       8月 4日二等潜水艇に類別
      10月上旬潜望鏡およびジャイロコンパス未装着で潜航公試を行ったため、
秋月海岸(広島県)に衝突し軽微な損傷を負う
      10月31日竣工。「第一六潜水艇」と命名される
1919年 4月 1日三等潜水艦に類別
1923年 6月15日艦名を「波号第七潜水艦(ハ−7)」と改称
1929年 4月 1日除籍
「ハ−8」 
1916年 1月 8日呉工廠にて起工
       3月15日進水
       8月 4日二等潜水艇に類別
1917年 2月 2日竣工。「第一七潜水艇」と命名される
1919年 4月 1日三等潜水艦に類別
1923年 6月15日艦名を「波号第八潜水艦(ハ−8)」と改名
1929年 4月 1日除籍


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