砲艦 陽春丸

GunBoat "Yousyunmaru"




スペックデータ
排水量:(常)530t ボイラー:不明 燃料搭載量:石炭 搭載量不明
全長:56.2m
全幅: 8.4m 主機:(詳細不明)蒸気機関、内車輪式推進
吃水:不明
出力:280hp
武装:
口径不明の砲を6門(?)搭載
最大速力:不明
航続距離:不明
乗員定数:不明

同型艦名(1隻)
陽春丸"Yousyunmaru"[Yôsyunmaru]

砲艦 陽春丸について
 慶応元年(1865年)に秋田藩(久保田藩)が外国から購入した艦で、元は南北戦争中のアメリカで砲艦として建造されたものであった。当時の秋田藩は財政事情が悪化していたが、安政6年(1859年)に沿岸へロシア汽船が出没した問題などから購入が行われた。購入当時は艦名を「カガノカミ」と仮称されていたが、慶応4年/明治元年(1868年)に「陽春丸」と改名した(資料によっては米商船「カガノカミ」を購入し「陽春丸」と命名したとの説もある)。
 その後、明治元年8月(旧暦)に明治政府が借り上げて「陽春」と改名し、翌年の榎本武揚艦隊追撃に参加した。榎本艦隊追撃では宮古湾での海戦や箱館湾での砲撃などに参加している。
 明治2年8月(旧暦)に秋田藩へ返還されたが、翌年秋田藩から民間へ売却となり短い間だけ大阪〜東京間の定期便として使用されたあと、外国人(アメリカ人)へ売却されている。

砲艦 陽春丸の歴史
「陽春丸」「陽春」=春の盛りの時季を指す
1864年(1861年説あり)米砲艦「サガモア」[Sagamore]として竣工
1865年頃南北戦争終結のため民間へ売却。米商船となる
1865年(1868年説あり)秋田藩が購入。艦名を「カガノカミ」と命名
1868年艦名を「陽春丸」と改名
      10月10日(旧暦明治元年8月25日)明治政府が借り上げ。艦名を「陽春」と改名
(一説では借り上げ時点で海軍籍に編入された)
1869年 4月24日〜(旧暦明治2年3月13日)榎本艦隊追撃のため浦賀を出港
       4月27日(旧暦3月16日)宮古湾へ到着
       5月 6日(旧暦3月25日)榎本艦隊のコルベット「回天」による奇襲を受ける(宮古湾海戦)
       5月20日(旧暦4月9日)箱館湾へ部隊を上陸させ、陸上施設を砲撃
       6月 5日(旧暦4月25日)箱館湾にて榎本艦隊と砲撃戦を行う(箱館湾海戦)
       9月15日(旧暦8月10日)秋田藩へ返還される
1870年民間へ売却され、大阪〜東京間の定期船となる
1870年末アメリカ人へ売却される。以降の消息は不明


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