水上機母艦 若宮(初代)

Seaplane Tender "Wakamiya(1)"


若宮
水上機母艦「若宮」(1924年)
スペックデータ
排水量:(常)5,895t ボイラー:円罐・石炭専焼×3基 燃料搭載量:石炭 851t
全長:111.25m
全幅:14.68m 主機:直立型往復動蒸気機関(3気筒3段膨張式)×1基、1軸推進
吃水:5.77m
出力:1,591hp
武装:
40口径7.6cm単装砲2基、4.7cm単装高角砲2基、
水上機4機搭載
最大速力:10.0kt
航続距離:不明
乗員定数:234名

同型艦名(1隻)
若宮(初代)"Wakamiya(1)"

水上機母艦 若宮(初代)について
 日本海軍初の航空母艦(分類上の名称であって実際には水上機母艦のこと)となった「若宮」は元々は日露戦争の戦利艦である。1905年1月に日本海軍の封鎖線をすり抜け、ウラジオストックへ戦時禁輸品を輸送中に対馬海峡で「水雷艇第十二号」に発見・拿捕された英国籍商船「レシントン」[Lethington]がその前身である。捕獲後の審理により同艦の不法行為が明らかとなり、船体は没収され日本郵船所属の商船となったが、1912年に海軍へ返還されている。
 海軍では当初、運送船「若宮丸」として航空機用運送艦に改造して使用していたが、船上に水上機の部品庫やガソリン庫、整備員作業室などを設け水上機の運用を行えるようにして1913年の秋の小演習に参加、その偵察能力が高く評価されたため、さらに水上機母艦としての設備改良を行い第一次世界大戦にはファルマン式水上機4機を搭載して参加した。これは世界初の航空母艦(当時はまだ航空母艦という艦種は無かったが)の実戦作戦参加となった。
 1915年に二等海防艦へ類別され「若宮」と改名、1920年には新設された航空母艦という艦種に類別され日本海軍初の航空母艦となった(水上機母艦が航空母艦と別けて分類されるようになったのは1934年のことである)。その後車輪式主脚を持つ航空機を運用できる本格的空母「鳳翔」が完成したため、「若宮」は佐世保鎮守府所属の運送艦(分類は警備艦)となり1931年に除籍された。

水上機母艦 若宮(初代)の歴史
「若宮」「若宮」=島嶼の名称。長崎県壱岐諸島にある若宮島から取った名称
1901年10月イギリスのロバート・ダンカン社で商船「レシントン」として竣工
1905年 1月対馬海峡にて日本海軍に拿捕され、戦後は海軍に輸送船として使用
1910年捕獲審理の結果、船体没収。日本郵船所属の商船となる
当初「沖ノ島丸」と命名されるが海防艦「沖島」就役のため「若宮丸」と改名
1912年 3月 9日日本郵船から海軍へ返還される。運送船に類別され軍へ編入
1913年水上機搭載設備を仮設し水上機の搭載試験を実施
同年11月の演習では水上機3機を搭載して参加
1914年 8月〜第二艦隊に所属し、第一次世界大戦(青島攻略)に参加
       9月30日青島付近で触雷、損傷を負い佐世保へ帰還
1915年 6月 1日二等海防艦に類別され、軍艦籍へ編入
1917年頃水上機搭載設備を常設のものにする工事を実施
1920年 4月 1日新設の艦種、航空母艦に類別
1925年頃佐世保鎮守府警備艦となる
1931年 4月 1日除籍。後に売却解体


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