砲艦 雲揚

GunBoat "Un'you"




スペックデータ
排水量:245t ボイラー:(詳細不明)石炭専焼 燃料搭載量:石炭 搭載量不明
全長:37.0m
全幅:7.5m 主機:(詳細不明)レシプロ機関
吃水:不明
出力:106hp
武装:
16cm単装砲1基、14cm単装砲1基
最大速力:10.0kt
航続距離:不明
乗員定数:65名

同型艦名(1隻)
雲揚"Un'you"[Un'yô]

砲艦 雲揚について
 「鳳翔(初代)」と同様、長州藩が幕府との戦争に備えてイギリスから購入した砲艦。1868年竣工で1870年(明治3年)に受領したが、翌年には明治政府へ献納となった。
 明治8年(1875年)5月に李氏朝鮮との外交交渉を優位に進めるため釜山へ派遣されたが、その後9月に航路研究のため漢城(現在のソウル)付近まで測量を行いながら進出した。9月20日に江華島へ接近したところ、陸上砲台から砲撃を受けたため交戦状態となり外交問題へと発展した(江華島事件)。最終的にこの事件は日本の主張が受け入れられ日朝修好条規の締結と同時に決着したが、日朝両国の対立は続き朝鮮内部の「守旧派」勢力による壬午事変の原因の一つとなった。
 江華島事件の翌年(明治9年)に発生した荻の乱(山口県で起こった不平士族の反乱)を鎮圧のため回航中に、紀伊阿田和浦沖にて座礁沈没してしまったため、現役だった期間は短かった。

砲艦 雲揚の歴史
「雲揚」「雲揚」=漢成語の名称。雲が高く揚がるように勢い盛んな様子
1868年英国にて竣工
1870年 2月(旧暦明治3年1月)長州藩が購入。同年8月に長崎にて受領し「雲揚丸」と命名
1871年 7月 4日(旧暦明治4年5月18日)明治政府へ献納
       7月25日(旧暦明治4年6月8日)受領。海軍籍へ編入、艦名を「雲揚艦」と改称
1874年 2月佐賀の乱(不平士族による反乱)勃発。佐賀へ派遣される
1875年 5月李氏朝鮮との交渉支援のため釜山へ派遣
       6月20日交渉中断のため釜山を出て朝鮮半島沿岸部を測量。7月長崎へ帰還
       9月19日清国への航路研究のため黄海を北上。江華島沖に停泊し搭載短艇にて朝鮮本土へ
接近したところ陸上砲台から砲撃を受けたため反撃する
       9月21日永宗島(現在の仁川市西方にある島)を砲撃する
       9月22日江華島へ上陸し砲台を一時占領。その後爆破
       9月28日長崎へ帰還
1876年10月31日荻の乱勃発のため横須賀を出港。御前崎沖にて荒天のため機関故障
紀伊沖(現在の三重県御浜町沖)にて座礁沈没


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