砲艦 宇治(初代)

GunBoat "Uzi(1)"


宇治
砲艦「宇治」(1903年)
スペックデータ
排水量:(常)620t ボイラー:艦本式罐・石炭専焼×2基 燃料搭載量:石炭 156t
全長:55.00m
全幅:8.40m 主機:直立型往復動蒸気機関(3気筒3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:2.10m
出力:1,000hp
武装:
40口径7.6cm単装砲4基
最大速力:13.0kt
航続距離:不明
乗員定数:80名

同型艦名(1隻)
宇治(初代)"Uzi(1)"

砲艦 宇治(初代)について
 日清戦争後に日本海軍は海外(清国)警備用の砲艦を三隻建造することになった。これは海軍初の海外警備用砲艦として建造されたものである。三隻のうち小型の河川用砲艦(「隅田」および「伏見」)はイギリスに発注され、艤装は上海にて行っていたが、おりしも日露戦争が勃発したため竣工は日露戦争が終了してからになった。そして沿岸警備を目的とする比較的大型の砲艦として建造されたのがこの「宇治」で、当艦は呉工廠での国産だったため日露戦争開戦前に竣工就役できている。
 一応、朝鮮や大陸沿岸へ向けて外洋航行が可能であったが、外洋航行能力はオマケ的な物であったため荒天時における外洋での航行は不可能であった。
 完成後すぐに日露戦争が開戦し実戦に参加。満州や朝鮮沿岸部での作戦活動に従事し、日本海海戦にも参加している。日本海海戦では参加艦中最小の艦であった。

砲艦 宇治(初代)の歴史
「宇治」(初代)「宇治」=琵琶湖から流れ出し、京都南部を流れて最後は淀川へそそぐ宇治川
から取った名称。全長80キロ。古くから詩歌や絵画の題材となった川である
1902年 9月 1日呉工廠にて起工
1903年 3月14日進水
       8月11日竣工
1904年〜第三艦隊に所属し、日露戦争に参加。満州・朝鮮沿岸の警備任務に従事
1905年 5月27日日本海海戦に参加
       7月樺太占領作戦に参加
1914年〜第四戦隊に所属し、第一次世界大戦に参加
青島攻略作戦に参加。また南シナ海での警備任務に従事
1931年 6月 1日等級廃止のため二等砲艦から砲艦へ類別変更
1932年第一次上海事変勃発のため、揚子江方面の警備任務に従事
1936年 4月 1日特務艦に類別。潜水艇母艦として使用される
       8月25日除籍


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