コルベット 朝陽丸

Corvette "Tyouyoumaru"




スペックデータ
排水量:300t ボイラー:(詳細不明)石炭専焼 燃料搭載量:石炭 搭載量不明
全長:約49m
全幅:約7.3m 主機:(詳細不明)蒸気機関
吃水:不明
出力:100hp
武装:
(口径不明)大砲12門
最大速力:6.0kt
航続距離:不明
乗員定数:不明

同型艦名(1隻)
朝陽丸"Tyouyoumaru"[Tyôyômaru]

コルベット 朝陽丸について
 元は江戸幕府が1854年(安政元年)にオランダへ発注して建造した軍艦である。前年のペリー来航により海軍力の必要性を大いに感じた幕府は、蒸気機関を持つ軍艦を調達すべく鎖国期から付き合いのあったオランダへ相談を持ちかけた。そこで2隻のコルベット艦(当艦と「咸臨丸」)の建造と、軍艦乗員を育成するための機関(長崎海軍伝習所)設立が決定された。
 オランダのキンデルダイクにて建造された当艦は、1858年(安政5年)に日本へ回航され、初期幕府海軍の数少ない蒸気軍艦として使用されている。しかし、明治維新により江戸幕府体制は崩壊し、戊辰戦争開戦直後に本艦は新政府軍に捕獲され、旧幕府軍と戦うことになり、箱館湾海戦で旧幕府軍軍艦「蟠竜丸」(後の海軍軍艦「雷電」)の砲撃が命中し本艦は轟沈した。

コルベット 朝陽丸の歴史
「朝陽丸」「朝陽」=文字どおり朝日を指す漢成語である。
1854年蘭キンデルダイクのシー・ヒプス&サンズ社にて仮称「エド」として起工
1856年進水
1858年(旧暦安政5年)長崎にて受領、艦名を「朝陽丸」とする。翌年江戸へ移動
1861年(旧暦文久元年)東禅寺事件勃発のため江戸から長崎へ連絡任務に従事
1862年(旧暦文久2年)小笠原開拓の支援などに従事
1863年(旧暦文久3年)長州藩の外国船砲撃事件のため使節団を長州へ派遣
長州藩士の攻撃を受け一時占拠される(朝陽丸事件)
1864年(旧暦元治元年)天狗党の乱討伐に出陣。那珂湊の包囲に参加
1868年 5月20日(旧暦明治元年4月28日)旧幕府から明治政府へ献納され、久留米藩預かりとなる
1869年(旧暦明治2年)箱館戦争に参加。松前藩への砲撃などに従事
       5月20日〜(旧暦明治2年4月9日)箱館湾海戦に参加
       6月20日(旧暦明治2年5月11日)箱館総攻撃に参加
旧幕府軍軍艦「蟠竜丸」の砲撃を受け、火薬庫爆発により沈没


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