コルベット 筑波(初代)

Corvette "Tukuba(1)"


筑波
コルベット「筑波」(撮影時期不詳)
スペックデータ(日本海軍での数値)
排水量:(常)1,947t ボイラー:(詳細不明)スコッチ式円罐・石炭専焼 燃料搭載量:石炭 搭載量不明
全長:58.2m
全幅:10.6m 主機:ハンフリー・テナント&ダイクス社製蒸気機関(2気筒単式)×1基、1軸推進
吃水:5.5m
出力:707ihp
武装:
大砲10門(4.5インチ砲6、30ポンド砲2、24ポンド砲2)、
(1892年頃に6インチ速射砲4を追加搭載)
最大速力:10.0kt
航続距離:不明
乗員定数:301名

同型艦名(1隻)
筑波"Tukuba"

コルベット 筑波について

 元はイギリス海軍が(当時はイギリスの植民地だった)ビルマの警備のために建造したスループ艦「マラッカ」[HMS Malacca]。モーラミャイン(当時の英領ビルマ首都)で建造が行われたが、進水までに4年もかかっている。進水後に英本国へ回航され、チャタム造船所にて機関を搭載するなどの仕上げが行われている。ちなみに当艦は世界初の円罐ボイラーを搭載した艦と言われている。その後1862年に機関を換装し、コルベット艦に類別が変更された。なお、資料によってはマラッカやボンベイで建造が行われたとする説もある。

 1869年に民間人(E・ベイツ氏)へ払い下げられ、1871年に日本海軍がベイツ氏から購入し「筑波艦」と命名して海軍籍に編入した。明治8年(1875年)には海軍兵学寮(明治9年から兵学校)の実習生を乗せアメリカ西海岸まで日本初の遠洋練習航海を行っている。その後も兵学校の練習艦として遠洋航海を行うほか、各地の測量任務にも従事した。
 明治27年(1894年)に日清戦争が勃発したが、すでに老朽化していたため軍港警備に従事したのみで、終戦後はまた兵学校の練習艦(明治31年に三等海防艦へ類別変更)に復帰しているが、明治38年(1905年)の除籍された。

 ちなみに、日本海軍で初めて山の名前が命名された艦が当艦であると言われている。(他にも「富士山」などの山岳名の艦があるが、これらは海軍へ献納される以前からの名称である)

コルベット 筑波の歴史
「筑波」「筑波」=関東平野北東部にそびえる筑波山から取った。
標高876m。頂上は男体・女体の二峰に分かれる。
1849年 5月29日モーラミャインにて英艦「マラッカ」として起工
1853年 4月 9日進水
       5月英本土へ回航されチャタム造船にて艤装を行う
回航の時点で英海軍へ就役となる
1854年 8月 8日艤装・機関搭載の工事完了。同月17日竣工
1862年機関の換装を実施。コルベット艦へ類別変更
1869年 6月退役。民間へ売却される
1871年 8月16日日本海軍が購入。同月19日に艦名を「筑波艦」として海軍籍へ編入
1872年 5月中艦隊(常備艦隊の前身)に配属
1875年11月〜兵学寮の練習艦となり、海外への遠洋練習航海を行う
1894年日清戦争勃発のため、軍港警備の任務に従事
1895年 9月〜兵学校の練習艦へ復帰
1898年 3月21日三等海防艦へ類別変更
1905年 6月10日除籍。1907年売却処分


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