第26号型 水雷艇

"No.26" Class TorpedoBoats


第26号水雷艇
第26号水雷艇(1896年頃)
スペックデータ(第26号)
排水量:(常)65t ボイラー:汽車罐・石炭専焼×1基 燃料搭載量:石炭 7t
全長:33.73m
全幅:4.09m 主機:直立型往復動蒸気機関(2気筒2段膨張式)×1基、1軸推進
吃水:1.22m
出力:338hp
武装:
37mm単装砲2基、35.6cm魚雷単装発射管2基2門
最大速力:14.0kt
航続距離:不明
乗員定数:不明
スペックデータ(第27号)
排水量:(常)72t ボイラー:汽車罐・石炭専焼×1基 燃料搭載量:石炭 10t
全長:33.68m
全幅:4.27m 主機:直立型往復動蒸気機関(2気筒2段膨張式)×1基、1軸推進
吃水:1.07m
出力:442hp
武装:
37mm単装砲1基、35.6cm魚雷単装発射管2基2門
最大速力:15.5kt
航続距離:不明
乗員定数:不明

同型艦名(2隻)
第26号"No.26"第27号"No.27"

水雷艇 第26号型について
 元は清国海軍北洋水師所属の小型水雷艇であるが、日清戦争の際に日本海軍に捕獲され艦籍へ編入されたものである。船体設計や機関等に若干の差異があるが、両艇ともフルカン社にて建造されており、当サイトでは同型として扱った。
 日本海軍の威海衛攻略の際に威海衛から脱出を図ったものの擱座、その後日本海軍に捕獲され修理の後に艦籍に編入された。両艇とも呉水雷団に所属していたが、編入後は目立った活躍もなく、日露戦争で港湾警備に従事した後に退役した。

水雷艇 第26号型の歴史
「第26号」 
1894年独フルカン社にて清国水雷艇「右隊一号(ヨウヅイイーハオ)[Youdui-Yihao]」として竣工
1895年 2月日清戦争に参加。日本海軍に捕獲される
       5月17日日本海軍艦籍に編入。「第26号」水雷艇と改名
1904年日露戦争に参加。港湾警備に従事
1908年 4月 1日除籍
「第27号」 
1894年独フルカン社にて清国水雷艇「右隊三号(ヨウヅイサンハオ)[Youdui-Sanhao]」として竣工
1895年 2月日清戦争に参加。日本海軍に捕獲される
       5月17日日本海軍艦籍に編入。「第27号」水雷艇と改名
1904年日露戦争に参加。港湾警備に従事
1908年 4月 1日除籍


水雷艇 第28号

TorpedoBoat "No.28"


写真なし

スペックデータ
排水量:(常)15t ボイラー:形式不明・石炭専焼×1基 燃料搭載量:石炭 搭載量不明
全長:5.99m
全幅:0.79m 主機:直立型往復動蒸気機関×1基、1軸推進
吃水:0.36m
出力:90hp
武装:
37mm単装砲1基、35.6cm魚雷単装発射管1基1門
最大速力:11.0kt
航続距離:不明
乗員定数:不明

同型艦名(1隻)
第28号"No.28"

水雷艇 第28号について
 元は清国戦艦「鎮遠」に搭載されていた艦載水雷艇「清国軍艦鎮遠付属第二号」であるが、「鎮遠」が日本海軍に捕獲編入された際に艦から降ろされ水雷艇として艦籍に編入された。ちなみに艦載水雷艇とは、当時の大型戦艦などに搭載される内火艇や汽艇に魚雷攻撃能力を持たせた艇のことで、日本でも17メートル型艦載水雷艇が日露戦争頃から第一次大戦頃まで戦艦に搭載されていた。
 日本海軍の艦籍に登録された水雷艇の中で最も小型で、日本海軍では唯一の四等水雷艇(排水量20トン未満)に類別されている。しかし、単艇での実戦行動には不向きであったため明治34年(1901年)には除籍されており、日露戦争には参加していない。
 余談ではあるが、現役であった期間が短かったためか、現在に至るまで本艇の写真は見つかっていないと言われている。

水雷艇 第28号の歴史
「第28号」 
1894年独フルカン社にて清国戦艦「鎮遠」の搭載水雷艇として竣工
1895年日清戦争にて日本海軍に「鎮遠」が捕獲された際に同時に捕獲される
      10月15日「第28号」水雷艇として日本海軍艦籍に編入
1901年 5月14日除籍


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