第22号型 水雷艇

"No.22" Class TorpedoBoats


第22号水雷艇
第22号水雷艇(1894年頃)
スペックデータ
排水量:(常)85t
(第31号以降は83t)
ボイラー:汽車罐・石炭専焼×1基
(第31号以降はソーニクロフト罐・石炭専焼×2基)
燃料搭載量:石炭 17.5t
全長:38.99m
全幅:4.80m 主機:直立型往復動蒸気機関(3気筒3段膨張式)×1基、1軸推進
吃水:1.04m
出力:1,200hp
武装:
47mm単装砲2基、35.6cm魚雷単装発射管3基3門
最大速力:18.0kt
(第25号以降は24kt)
航続距離:10ktで1000浬
乗員定数:不明

同型艦名(19隻)
第22号"No.22"第23号"No.23"第25号"No.25"第31号"No.31"第32号"No.32"
第33号"No.33"第34号"No.34"第35号"No.35"第36号"No.36"第37号"No.37"
第38号"No.38"第44号"No.44"第45号"No.45"第46号"No.46"第47号"No.47"
第48号"No.48"第49号"No.49"第60号"No.60"第61号"No.61" 

第22号型水雷艇について
 ドイツのシーシャウ社に発注建造された水雷艇で、典型的ドイツ式設計の水雷艇である。
 これらの艦はドイツで建造された後に分解して舶送、国内の建造所にて再組立された。ただし第25号水雷艇のみは習作の意味もあり小野浜造船所(呉鎮守府造船部支部)にて建造されている。また、第31号以降の艇はボイラーを汽車罐から水管罐に変更しているため、機関の効率が上がり、速力も向上している。このように建造年によって排水量や速力に差異があるが、船体は同設計のため当ページでは全てを同型艦として扱った。
 第22号、第23号の両艇は日清戦争開戦前に竣工したため日清戦争には参加しているが、日露戦争前に沈没しているため日露戦争には参加していない。第25号は日清戦争半ばに竣工したため澎湖島攻略から参加し、日露戦争にも参加している。それ以外の艇は日露戦争に参加した。一部の艦は第一次大戦の緒戦に参加しているが、大正初期には全艦が退役してしまっている。

注意!「この型は同型艦が多いため他のページとは年表の形が異なります。年月日は総て西暦表示です。」
第22号型水雷艇の歴史
艦番建造所竣工沈没場所・沈没原因除籍主な戦歴
22小野浜1893. 8. 51895. 2. 5威海衛夜襲の際に座礁。船体は放棄不明(1895)威海衛夜襲
23小野浜1893. 8. 51898. 7.20北海道沖にて座礁沈没不明(1895)威海衛夜襲
25小野浜1895. 2.28  1913. 4. 1(1895)澎湖島攻略
31佐世保1898. 2.14  1913. 4. 1(1905)日本海海戦
32佐世保1899. 2.20  1913. 4. 1(1904)旅順攻略作戦
33佐世保1899. 3. 71914.11.10青島湾にて掃海中に触雷沈没不明(1904)旅順攻略作戦
34佐世保1899. 3.151905. 5.27日本海海戦にて敵艦の砲撃を受け沈没不明(1905)日本海海戦
35神戸川崎1900. 3.221905. 5.27日本海海戦にて敵艦の砲撃を受け沈没不明(1905)日本海海戦
36神戸川崎1900. 4. 9  1913. 4. 1(1905)日本海海戦
37三菱長崎1900. 3.23  1913. 4. 1(1904)旅順攻略作戦
38三菱長崎1900. 3.23  1913. 4. 1(1904)旅順攻略作戦
44横須賀1900. 8.17  1913. 4. 1(1904)旅順攻略作戦
45横須賀1900. 8.21  1913. 4. 1(1904)旅順攻略作戦
46横須賀1900. 8.21  1913. 4. 1(1904)旅順攻略作戦
47佐世保1900.10. 11912. 9.20福井県三国港にて荒天のため座礁、放棄1912.10.11(1904)旅順攻略作戦
48佐世保1900.10.141904. 5.12旅順攻略中に座礁沈没不明(1904)旅順攻略作戦
49佐世保1900.11. 2  1914. 4. 1(1904)旅順攻略作戦
601901.10.20  1915. 4. 1(1905)日本海海戦
61神戸川崎1901.12.16  1915. 4. 1(1905)日本海海戦
各艦ともシーシャウ社にて建造。上記の建造所は組み立てを行った造船所を表記(第25号のみ小野浜にて建造された)


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