第1号型 水雷艇

"No.1" Class TorpedoBoats


水雷艇第1号
第1号水雷艇(1890年頃)
スペックデータ
排水量:(常)40t ボイラー:汽車罐・石炭専焼×1基 燃料搭載量:石炭 3t
全長:29.41m
全幅:3.81m 主機:直立型往復動蒸気機関(2気筒2段膨張式)×1基、1軸推進
吃水:0.94m
出力:430hp
武装:
37mm単装機関砲1基、外装水雷1基
(外装水雷は後に35.6cm魚雷発射管1基1門に換装された)
最大速力:17.0kt
航続距離:12ktで1000浬
乗員定数:不明

同型艦名(4隻)
第1号"No.1"第2号"No.2"第3号"No.3"第4号"No.4"

第1号型水雷艇について
 1877年に英国で建造された世界初の実用水雷艇「ライトニング」[Lightning]の話題はすぐに日本へも伝わった。
 当時、日本は清国海軍の脅威にさらされており海軍の増強計画に乗りだしていたため、明治13年(1880年)に早くも英国へ水雷艇(当初は水雷船といった)の建造を発注したのである。
 建造を受注した英国ヤーロー社は翌年第1水雷艇を完成させ、艤装の上公試を行い日本海軍へ引き渡した。引き渡しを受けた日本海軍は同艇を分解して横須賀へ舶送、横須賀の造船所で再度組み立てを行った(引き続き明治17年には第2〜4号水雷艇が完成し、同様に分解舶送されている)。就役当初は舳先に爆薬を装備した棒(外装水雷と呼ばれる)を付け、半ば体当たり的な攻撃方法を取るものであったが、自走する魚型水雷(俗に言う魚雷)が開発されると外装水雷は廃止され、墺国シュワルツコフ社から購入した魚雷(朱式魚雷と呼ばれた)と単装の旋回式発射管が甲板上に搭載されている。
 ちなみに就役当初は第○○水雷艇と称されたが、明治20年代初めからは「号」を付けて第○○号水雷艇と呼称されるようになっている。

第1号型水雷艇の歴史
「第1号」 
1881年 5月 2日英国のヤーロー社にて竣工。公試後日本へ舶送される
1885年外装魚雷を朱式魚雷発射管に換装
1888年頃名称を「第1水雷艇」から「第1号水雷艇」へ改称
1894年日清戦争に際しては内地港湾の警備に従事
1899年12月19日除籍。陸軍へ移管される
「第2号」 
1884年 2月26日英国のヤーロー社にて竣工。公試後日本へ舶送される
1885年外装魚雷を朱式魚雷発射管に換装
1888年頃名称を「第2水雷艇」から「第2号水雷艇」へ改称
1894年日清戦争に際しては内地港湾の警備に従事
1899年12月19日除籍。横須賀水雷団へ移管される
「第3号」 
1884年10月10日英国のヤーロー社にて竣工。公試後日本へ舶送される
1885年外装魚雷を朱式魚雷発射管に換装
1888年頃名称を「第3水雷艇」から「第3号水雷艇」へ改称
1894年日清戦争に際しては内地港湾の警備に従事
1899年12月19日除籍。横須賀水雷団へ移管される
「第4号」 
1884年10月10日英国のヤーロー社にて竣工。公試後日本へ舶送される
1885年外装魚雷を朱式魚雷発射管に換装
1888年頃名称を「第4水雷艇」から「第4号水雷艇」へ改称
1894年日清戦争に際しては内地港湾の警備に従事
1899年12月19日除籍。横須賀水雷団へ移管される


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