水雷砲艦 千島

Torpedo Gunboat "Tisima"


千島
水雷砲艦「千島」(1892年:フランスにて引き渡し直後の姿)
スペックデータ
排水量:(常)750t ボイラー:石炭専焼 形式・基数不明 燃料搭載量:石炭 搭載量不明
全長:71.02m
全幅:7.77m 主機:三段膨張式往復動機関×基数不明、2軸推進
吃水:2.90m
出力:5,000hp
武装:
57mm単装砲5基(速射砲11基とする説あり)、45cm魚雷発射管数門
最大速力:22.0kt
航続距離:不明
乗員定数:99名

同型艦名(1隻)
千島"Tisima"

水雷砲艦 千島について
 通報艦「龍田」と同時期にフランスで建造された艦で、設計はフランス人技師エミール・ベルタンの手によるものであった。19世紀にフランスで提唱されたジューヌ・エコール思想(強力な武装を施した小型艦艇により鈍重な敵戦列艦艦隊に対抗する戦略思想)に基づいた設計で、通報任務に従事する傍ら雷撃任務にも従事できるよう強力な水雷兵装を搭載していた。
 しかしフランスで竣工後に日本へ回航されたが、本土到着直後に英国籍商船「ラベンナ」[Ravenna](3,000トン)と衝突事故をおこして沈没してしまい、実働部隊に従事することなく短い生涯を終えた(したがって「龍田」は後に水雷砲艦から通報艦に類別し直されたが、「千島」は水雷砲艦のままである)。
 この衝突事故は裁判に持ち込まれたが日英間の国際問題にまで発展し、最終的には日本政府と英船舶会社の間で和解が成立した。不幸な最後を遂げた艦なので艦名は後世の艦に引き継がれていない。

水雷砲艦 千島の歴史
「千島」「千島」=北海道東端に位置する千島列島から取った名称。ただし
サンフランシスコ条約で日本が手放した千島列島は俗に言うクリル
諸島を指し、択捉島以南の北方領土は含まれていない
1890年 1月29日フランスのロアール社にて起工
      11月26日進水
1892年 4月 1日竣工。引き渡し後に日本へ回航される
      11月24日長崎へ到着
      11月30日神戸へ向け回航中、瀬戸内海にて英国商船「ラベンナ」と衝突、沈没する
 除籍年月日不明


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