鎮東型 砲艦

"Tintou" Class GunBoats


鎮東
砲艦「鎮東」(1890年代末)
スペックデータ
排水量:(常)447t ボイラー:詳細不明 石炭専焼 燃料搭載量:石炭 搭載量不明
全長:38.71m
全幅:8.84m 主機:直立型斜動蒸気機関×2基、2軸推進
吃水:2.90m
出力:400hp
武装:
28cm単装砲1基、12ポンド砲1基
最大速力:10.0kt
航続距離:不明
乗員定数:28名

同型艦名(6隻)
鎮東"Tintou"[Tintô]鎮西"Tinsei"鎮南"Tinnan"
鎮北"Tinhoku"鎮辺"Tinpen"鎮中"Tintyuu"[Tintyû]

鎮東型砲艦について
 元清国北洋水師所属の小型砲艦で、全艦ともイギリスのアームストロング社で建造されている。
 1874年におこった台湾征討(琉球島民が台湾住民に殺害された事件に端を発した日本軍の強行出兵)により海防力強化の必要を強く感じた清国政府がイギリスに発注したもので、全部で11艦が建造された。北洋水師所属の砲艦はすべて「鎮」の字に東西南北などの文字を付けたもので、これは特に意味があるわけではなく記号的に命名されたものである。
 日清戦争の結果清国は日本に敗北し、北洋水師所属の同型砲艦6隻が日本海軍へ戦利艦として接収され日本海軍籍へ編入となった。
 小型の船体に一門の大型砲を搭載した形式の砲艦で、イギリス人技師レンデルが考案したことからレンデル式砲艦と呼ばれる。日本海軍へ編入後は「チン型」の愛称を付けられたが、小型ゆえに利用価値も低かったため日本海軍での現役時代は短く、日露戦争の前には全艦とも除籍されている。

鎮東型砲艦の歴史
「鎮東」「鎮東」=当時の清国海軍北洋水師の艦名銘々の典型
漢字名だったため日本海軍編入後も艦名は変更されなかった
1879年イギリスのアームストロング社にて清国海軍砲艦「鎮東」として進水
1880年竣工
1894年〜清国海軍北洋水師に所属して日清戦争に参加
1895年 2月威海衛にて日本海軍に接収
       3月16日日本海軍籍へ編入
1898年 3月21日二等砲艦に類別
1903年 8月21日除籍。雑役船に類別
1906年 6月 8日廃船、後に売却される
「鎮西」「鎮西」=当時の清国海軍北洋水師の艦名銘々の典型
漢字名だったため日本海軍編入後も艦名は変更されなかった
1879年イギリスのアームストロング社にて清国海軍砲艦「鎮西」として進水
1880年竣工
1894年〜清国海軍北洋水師に所属して日清戦争に参加
1895年 2月威海衛にて日本海軍に接収
       3月16日日本海軍籍へ編入
1898年 3月21日二等砲艦に類別
1903年 8月21日除籍。雑役船に類別
1908年 5月23日文部省へ移管。隠岐商船学校の係留練習船となる
「鎮南」「鎮南」=当時の清国海軍北洋水師の艦名銘々の典型
漢字名だったため日本海軍編入後も艦名は変更されなかった
1879年イギリスのアームストロング社にて清国海軍砲艦「鎮南」として進水
1880年竣工
1894年〜清国海軍北洋水師に所属して日清戦争に参加
1895年 2月威海衛にて日本海軍に接収
       3月16日日本海軍籍へ編入
1898年 3月21日二等砲艦に類別
1903年 8月21日除籍。雑役船に類別
1908年 5月15日廃船。後に売却される
「鎮北」「鎮北」=当時の清国海軍北洋水師の艦名銘々の典型
漢字名だったため日本海軍編入後も艦名は変更されなかった
1879年イギリスのアームストロング社にて清国海軍砲艦「鎮北」として進水
1880年竣工
1894年〜清国海軍北洋水師に所属して日清戦争に参加
1895年 2月威海衛にて日本海軍に接収
       3月16日日本海軍籍へ編入
1898年 3月21日二等砲艦に類別
1903年 8月21日除籍。雑役船に類別
1906年 6月 8日廃船。魚雷標的として利用後売却される
「鎮辺」「鎮辺」=当時の清国海軍北洋水師の艦名銘々の典型
漢字名だったため日本海軍編入後も艦名は変更されなかった
1881年イギリスのアームストロング社にて清国海軍砲艦「鎮辺」として進水。同年竣工
1894年〜清国海軍北洋水師に所属して日清戦争に参加
1895年 2月威海衛にて日本海軍に接収
       3月16日日本海軍籍へ編入
1898年 3月21日二等砲艦に類別
1900年北清事変に際して太沾へ派遣される
1903年 8月21日除籍。雑役船に類別
1906年 6月 8日廃船。魚雷標的として利用後売却される
「鎮中」「鎮中」=当時の清国海軍北洋水師の艦名銘々の典型
漢字名だったため日本海軍編入後も艦名は変更されなかった
1881年イギリスのアームストロング社にて清国海軍砲艦「鎮中」として進水。同年竣工
1894年〜清国海軍北洋水師に所属して日清戦争に参加
1895年 2月13日降伏条件を話し合うため清国軍師を乗船させ日本艦隊を来訪
       2月17日威海衛にて日本海軍に接収
       3月16日日本海軍籍へ編入
1898年 3月21日二等砲艦に類別
1900年北清事変に際して太沾へ派遣される
1903年 8月21日除籍。雑役船に類別
1906年 6月30日司法省へ移管。監獄局汽船「鎮辺号」となる


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