練習艦 館山

Training Ship "Tateyama"


館山
練習艦「館山」(1880年頃)
スペックデータ
排水量:543t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:−−−−−
全長:34.8m
全幅:8.2m 主機、推進軸数:−−−−−
吃水:3.0m
出力:−−−−−
武装:
20ポンド砲2基
最大速力:不明
航続距離:−−−−−
乗員定数:不明

同型艦名(1隻)
館山"Tateyama"

練習艦 館山について
 1878年(明治11年)に東京築地に開設された川崎造船所で初めて建造された軍艦。木造二檣ブリックの船体だが、機関は搭載していないため帆走専用の練習艦であった。
 当初は横須賀造船所(後の横須賀海軍工廠)が建造を計画していたが、横須賀造船所の建造能力も高くなく、また民間企業育成の意味もあって川崎造船所にて建造が行われている。竣工直後は横須賀造船所が所管する船であったが、明治16年(1883年)に新兵訓練用の練習艦として海軍籍に編入された。
 明治27年(1894年)に勃発した日清戦争では、呉鎮守府に所属して新兵訓練の傍ら呉港の警備任務に従事したが、日清戦争終結後に除籍されている。

練習船 「館山」の歴史
「館山」「館山」=千葉県の館山市および館山湾から取った名称
浦賀水道に面する要衝の地で、後に海軍航空隊も置かれた
1879年 6月 9日川崎築地造船所にて起工
1880年 2月10日進水
       3月17日竣工。「第一回漕丸」と命名され横須賀造船所所管となる
1883年 6月新兵訓練用の練習艦として海軍籍に編入
1886年(87年説あり)七等艦に類別。航海練習艦に指定される
1888年 9月27日艦名を「館山艦」と改名
1890年 8月23日第三種(戦闘航海の役務に堪えざる軍艦)に類別
1894年日清戦争勃発。呉鎮守府にて訓練および港湾警備に従事
1896年 9月26日除籍。雑役船となり呉海兵団にて使用される
1906年廃船。後に売却処分となる


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