第5号型 掃海艇

"No.5" Class Fleet Mine Sweeper


第6号
第6号掃海艇(1937年)
スペックデータ
排水量:(公)717t ボイラー:ロ号艦本式罐・石炭専焼×2基 燃料搭載量:石炭 150t
全長:72.00m
全幅:8.25m 主機:直立型往復動蒸気機関(3気筒3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:2.25m
出力:4,000hp
武装:
45口径12cm単装砲2基、40口径7.6cm単装高角砲1基、
13mm単装機銃2基、爆雷18発搭載(投射機2、投下台)
最大速力:21.0kt
航続距離:14ktで2000浬
乗員定数:91名

同型艦名(2隻)
第5号"No.5"第6号"No.6"

第5号型掃海艇について
 「第1号」型掃海艇の運用実績を踏まえての改良型として建造された掃海艇がこの「第5号」型である。機関は相変わらずレシプロ機関であるが速度は1ノット上昇している。外見は「第1号」型よりもさらに駆逐艦似の軽やかなスタイルであった。
 「第1号」から「第6号」までの6隻で第1掃海隊を編成し、連合艦隊に編入され艦隊随伴の掃海艇として国内外で活躍している。
 なお、当艇を含む掃海艇には爆雷が搭載され対潜任務を付与されているが、これは日本海軍では小艦艇にいくつもの役割を持たせ、少ない艦船で複数の任務がこなせるようにという貧乏性的な考えを持っていたからである。そのため「第6号」艇は開戦緒戦の攻略戦を支援中に敵機の爆撃を受け戦没、「第5号」も昭和19年末に船団護衛中に戦没と掃海任務とは離れたところで没してしまっている。

第5号型掃海艇の歴史
「第5号」 
1929年 2月25日三井造船玉野造船所にて竣工
1944年11月 4日船団声任務中、マラッカ海峡にて英潜「テラピン」の雷撃を受け沈没
「第6号」 
1929年 2月25日大阪鉄工所桜島工場にて竣工
1941年12月26日ボルネオ島クチン攻略戦中、クチン沖にて蘭軍機の攻撃を受け沈没


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