通報艦 鈴谷(初代)

Scout Ship "Suzuya(1)"
("Новик"[Novik])



Novik

鈴谷
通報艦「鈴谷」(上段:ロシア艦「ノーウィック」時代の姿)/(下段:1908年)
スペックデータ(日本海軍時のもの)
排水量:(常)3,000t ボイラー:ソーニクロフト罐・石炭専焼×基数不明 燃料搭載量:石炭 搭載量不明
全長:105.77m
全幅:11.99m 主機:直立型往復動蒸気機関(4気筒3段膨張式)×1基、1軸推進
吃水:5.79m
出力:17,000hp
武装:
12cm単装砲6基、47mm単装砲8基
最大速力:19.0kt
航続距離:不明
乗員定数:312名

同型艦名(1隻)
鈴谷(初代)"Suzuya(1)"

通報艦 鈴谷(初代)について
 元はロシア海軍旅順艦隊所属の快速偵察巡洋艦「ノーウィック」[Новик]である。この最新鋭の巡洋艦は黄海海戦後に単独でウラジオストックへの逃走を図ったが、樺太のコルサコフ付近にて日本海軍の巡洋艦「千歳」「対馬」に発見され、攻撃を受けて大破着底した。
 戦後日本海軍はこれを引き揚げ横須賀で大工事のうえ通報艦として艦籍に編入、「鈴谷」と命名した。新造時には25ノットという高速を発揮した艦であったが、大破したときの破損状況が大きかったため、機関の缶数を減らして19ノットの通報艦とされたのである。
 日本海軍に在籍した期間は短かったが、奇しくも旅順港の警備艦として使用されロシア海軍時代の古巣で活動する事になったのである。

通報艦 鈴谷(初代)の歴史
「鈴谷」(初代)「鈴谷」=樺太を流れる鈴谷川から取った名称 流長120km。現在の
ユージノサハリンスクの側を流れている。捕獲場所に近いことから命名された
1899年ドイツのシーシャウ社にて起工
1900年 8月15日進水
1901年ロシア海軍巡洋艦「ノーウィック」として竣工
1904年ロシア海軍旅順艦隊に所属し、日露戦争に参加
       8月10日黄海海戦に参加
       8月20日ウラジオ方面へ逃走中、「千歳」「対馬」に捕捉され砲撃により大破着底
1905年引き揚げられ、横須賀工廠にて修理を実施
1906年 8月20日日本海軍軍艦籍に編入。通報艦「鈴谷」と命名
1908年末整備完了。旅順港の警備任務に従事
1912年 8月28日二等海防艦に類別
1913年 4月 1日除籍。後に売却処分


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