砲艦 隅田(初代)

GunBoat "Sumida(1)"


隅田(初代)
砲艦「隅田(初代)」(1910年頃)
スペックデータ
排水量:(基)105t ボイラー:ソーニクロフト罐・石炭専焼×2基 燃料搭載量:石炭 25t
全長:44.20m
全幅:7.32m 主機:直立型往復動蒸気機関(2気筒2段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:0.61m
出力:550hp
武装:
6cm単装砲2基
最大速力:13.0kt
航続距離:不明
乗員定数:44名

同型艦名(1隻)
隅田(初代)"Sumida(1)"

砲艦 隅田(初代)について
 日清戦争後の第二期拡張計画で建造された小型砲艦。揚子江の警備を目的に英国のソーニクロフト社にて建造され、進水後に分解して上海まで舶送、現地の英国系造船所ファーナム・ボイド社で艤装を行った。しかし艤装工事中に日露戦争が勃発、清国は中立国だったため一時工事が中断され竣工は日露戦争終結後となった。
 基準排水量が105トンと非常に小型(揚子江で任務に就いた日本海軍砲艦の中でも最小)で、河川での行動の妨げにならないよう吃水も非常に浅く造られていた。したがって航洋性はまったく無く日本本土へは一度も姿を見せたことのない珍しい日本軍艦であった。

砲艦 隅田(初代)の歴史
「隅田」(初代)「隅田」=奥秩父に源を発し関東平野を流れる荒川の下流
部分(千住から下流)の隅田川から取った名称
1903年 1月英国のソーニクロフト社チジク工場にて起工
       6月26日進水。公試運転後分解して8月に上海へ舶送
      11月10日上海のファーナム・ボイド社にて再度組立、艤装工事に着手
1904年日露戦争勃発のため工事中止となる。1905年工事再開
1906年 4月17日竣工。二等砲艦に類別
 揚子江での警備行動に従事
1914年第一次世界大戦勃発。中立国の中華民国に抑留される
後に中華民国が参戦したため抑留解除。大戦に参戦
1931年 6月 1日等級廃止により砲艦へ類別
1932年第一次上海事変勃発のため上海・長江方面の警備任務に従事
1935年 3月 1日除籍。後に上海にて解体される


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