砲艦 須磨(2代)について
元は英国海軍砲艦「モス」[Moth]で、太平洋戦争開戦当初の日本軍による香港攻略作戦により
沈没したが、後に日本海軍第2工作部が引き上げて修理、「須磨」と命名され艦籍に編入された。
日本海軍編入後は主に香港周辺での警備活動に従事していたが、1943年に揚子江へ回航され
南京を基地にして揚子江警備にあたった。1945年3月に鎮江付近で触雷沈没している。
艦橋の下部には「モス」(蛾)の名にちなんで金色の蛾のレリーフが施されていたという。
| 砲艦 須磨(2代)の歴史 |
| 「須磨」(2代) | 「須磨」=現在の神戸市須磨区の瀬戸内海に面する海岸部一体の呼称 風光明媚の地であるが要衝の地でもあり昔は数々の戦場となった |
| 1915年 | サンダーランド社にて英砲艦「モス」として竣工 |
| 1941年12月21日 | (12日説もあり)日本軍の香港攻略作戦の際に日航空機の攻撃を受け沈没 |
| 1942年 | 日本海軍第2工作部の手により引き上げ、修理される |
| 7月 1日 | 「須磨」と命名され、日本海軍籍に編入。香港周辺の警備活動に従事 |
| 1943年 8月 | 揚子江に回航され、揚子江警備にあたる |
| 1945年 3月19日 | 鎮江付近で触雷、沈没 |
| 5月10日 | 除籍 |