砲艦 須磨(2代)

GunBoat "Suma(2)"
(HMS Moth)



須磨
砲艦「須磨(2代)」(1942年)
スペックデータ
排水量:(基)645t ボイラー:ヤーロー罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油76t
全長:(水)72.4m
全幅:10.97m 主機:直立型往復動蒸気機関(3気筒3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:1.22m
出力:2,000hp
武装:
15cm単装砲1基、7.6cm単装砲1基
最大速力:14.0kt
航続距離:不明
乗員定数:55名

同型艦名(1隻)
須磨(2代)"Suma(2)"

砲艦 須磨(2代)について
 元は英国海軍砲艦「モス」[HMS Moth]で、太平洋戦争開戦当初の日本軍による香港攻略作戦時に自沈したが、後に日本海軍第2工作部が引き上げて修理、「須磨」と命名され艦籍に編入された。日本海軍の河川用砲艦としては最大の艦であった。
 日本海軍編入後は主に香港周辺での警備活動に従事していたが、1943年に揚子江へ回航され南京を基地にして揚子江警備にあたった。1945年3月に鎮江付近で触雷沈没している。
 艦橋の下部には「モス」(蛾)の名にちなんで金色の蛾のレリーフが施されていたという。

砲艦 須磨(2代)の歴史
「須磨」(2代)「須磨」=現在の神戸市須磨区の瀬戸内海に面する海岸部一体の呼称
風光明媚の地であるが要衝の地でもあり昔は数々の戦場となった
1916年 1月 5日ドックスフォード造船所にて英砲艦「モス」として竣工
1920年〜英東洋艦隊(チャイニーズステーション)に転属。香港を拠点に行動
1941年12月21日(12日説もあり)日本軍の香港攻略作戦の際にドック内にて自沈
1942年日本海軍第2工作部の手により引き上げ、修理される
       7月 1日「須磨」と命名され、日本海軍籍に編入。香港周辺の警備活動に従事
1943年 7月上海に回航され、修理等の追加工事を実施
      10月〜修理完了後は、長江方面の警備任務などに従事
1945年 3月19日鎮江付近で触雷、沈没
       5月10日除籍


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