砲艦 嵯峨

GunBoat "Saga"


嵯峨
砲艦「嵯峨」(1915年)
スペックデータ
排水量:(常)785t ボイラー:イ号艦本式罐・石炭専焼×2基 燃料搭載量:石炭 190t
全長:64.01m
全幅:8.99m 主機:直立型往復動蒸気機関(3気筒3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:2.31m
出力:1,600hp
武装:
40口径12cm単装砲2基、40口径7.6cm単装砲3基
最大速力:15.0kt
航続距離:不明
乗員定数:87名

同型艦名(1隻)
嵯峨"Saga"

砲艦 嵯峨について
 砲艦「鳥羽」と同様、清国における政情不安を受けて急遽建造された砲艦。浅吃水であるが多少の航洋性を持っていたため河川のみならず沿岸一帯の警備にも活躍した。
 性能や兵装は砲艦「宇治」とほぼ同じであるが、12センチ砲二基を搭載して火力の強化を図っている。また船体も艦首を高くして船首楼甲板を設け航洋性を高めたり、船内の居住区を広くしてある程度の旗艦任務をこなせるようにするなどの改良を加えられている。
 竣工後は「宇治」と交代で中・南支の警備行動に従事し、上海事変以降は主に南支で行動。太平洋戦争開戦時には香港占領作戦の先陣に立って戦った。
 昭和19年に触雷して沈没したが、引き揚げられて修理中に再度爆撃を受け大破着底の後に放棄された。

砲艦 嵯峨の歴史
「嵯峨」「嵯峨」=京都に広がる丘陵地帯である嵯峨野から取った名称
由緒ある古寺や名称が多数点在し、桜や紅葉の名所としても有名
1912年 1月17日佐世保工廠にて起工
       9月27日進水
      11月16日(18日説あり)竣工。二等砲艦に類別
1913年〜中・南支方面での警備行動に従事
1931年 6月 1日等級廃止により砲艦へ類別
1941年12月〜太平洋戦争に参加。香港占領作戦等に従事
1944年 9月26日香港沖で触雷、沈没。後日引き揚げられ香港にて修理工事に着手
1945年 1月22日修理工事中に工作部岸壁にて敵機の爆撃を受け大破着底。船体は放棄される
       3月10日除籍


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