第101号型 魚雷艇(元蘭海軍魚雷艇)

Torpedo boat Type"No.101" (Koninklijke Marine "TM-4")


第101号型
第101号型魚雷艇(1943年頃:Photo from Wikimedia Commons)
スペックデータ(性能はTM−4型のもの)
排水量:17.0t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:ガソリン 搭載量不明
全長:18.6m
全幅: 3.8m 主機:ローレイン(ロレーヌ・デートリッヒ)式ガソリンエンジン
    またはカーマウス式ガソリンエンジン(TM-16〜21)×3基、3軸推進
吃水: 0.7m
出力:1,350hp(ローレイン式)
または1,425hp(カーマウス式)
武装:
7.7mm機銃1基、45cm魚雷落射機2基(魚雷2発)、
一部の艇(TM-12〜14)は魚雷の代わりに爆雷8個搭載
最大速力:33.3kt
航続距離:30ktで310浬
乗員定数: 6名

同型艦名(10隻+7隻+2隻)
第101号型(スラバヤにて捕獲した艇)
第101号"No.101"第109号〜第112号"No.109〜No.112"第115号"No.115"
第117号〜第120号"No.117〜No.120" 
第102号型(スラバヤにて捕獲した未成艇)
第102号〜第108号"No.102〜No.108" 
第113号型(スラバヤにて捕獲した艇)
第113号〜第114号"No.113〜No.114" 

第101号型魚雷艇について
 太平洋戦争開戦前のインドネシアはオランダの植民地であり、オランダは日本の勢力が拡大していく中、インドネシアでの権益を守るため海軍戦力を増強していた。第二次大戦が始まるとオランダ本国は短期間のうちにドイツに占領されてしまうが、インドネシアに展開していた海軍戦力はそのまま残されていた。しかし太平洋戦争が始まった時点でのインドネシアに展開する海軍戦力は日本海軍とは比べものにならないほど小さく、米・英・豪などと連合して抵抗をおこなったものの、日本海軍に一蹴されてしまった。
 スラバヤを攻略した日本軍は港内に自沈して着底しているオランダ海軍の魚雷艇(TM−4型)を発見、また現地の工廠では未完成状態の魚雷艇も捕獲することに成功したため、海軍では第102工作部に対してこれら魚雷艇の浮揚・整備を命じた。第102工作部では他の業務もあり、整備作業はなかなか進まなかったが、昭和17年から沈没していた艇を順次浮揚させ整備を行った(その後、未完成状態だった艇の建造再開も行っている)。
 整備が完了した艇は第101号からの番号が付与され、現地にて戦力化されている。第101号は昭和17年8月に日本へ送られ海軍水雷学校の教材として使用されており、また第102号も昭和20年に完成後、横須賀へ運ばれ調査を受けたと言われている。

第101号型魚雷艇の歴史
艇番号旧艇番号沈没戦没場所・沈没原因備考
101不明   
102TM−4'45.08.01長崎湾にて敵機の攻撃により沈没 
103TM−6   
104TM−8   
105TM−9   
106TM−10   
107TM−11   
108TM−12   
109TM−13   
110TM−14   
111TM−15   
112TM−5'43.08.02ニューギニアにて敵機の攻撃により沈没 
113TM−7'43.08.02ニューギニアにて敵機の攻撃により沈没 
114不明   
115TM−16'43.07.26ラバウルにて事故のため沈没 
116TM−17不明ラバウルにて沈没 
117TM−18'44.??.??ラバウルにて沈没 
118TM−19   
119TM−20   
120TM−21   


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