第1号(T−1)型 魚雷艇

Torpedo boat Type"No.1" ("T-1" and "No.151")


第2号
「第2号」魚雷艇(第1号型:1941年頃)
スペックデータ(計画値)
排水量:20.0t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:ガソリン 搭載量不明
全長:18.3m
全幅: 4.3m 主機:九四式発動機水冷W型×2基、2軸推進
吃水: 0.65m
出力:1,800hp
武装:
7.7mm機銃2基、45cm魚雷落射機2基(魚雷2発)、
魚雷を搭載しない場合は爆雷搭載可能
最大速力:38.0kt
航続距離:30ktで210浬
乗員定数: 7名

同型艦名(6隻+15隻)
第1号型(T−1型):第1号〜第6号艇
第151号型:第151号〜第165号艇

第1号型魚雷艇について

 試作魚雷艇「T−0」の建造実績やイタリアから輸入した「MAS」艇などを参考にして作られた日本海軍最初の量産型魚雷艇で、設計番号は「T−1」とされた。昭和14年度の臨時軍事費(マル臨計画)にて6隻の建造が認められたため、横浜ヨット鶴見工場にて昭和16年度から建造が行われている。
 船体は「T−0」を元に改良された設計だったが、魚雷の発射装置だけは「T−0」のような艦尾への滑り出しではなく、「MAS」艇と同様の舷側から前方への押し出しに変更となった。これは「T−0」での魚雷発射試験の際に、艇後方への滑り出しでは艇が発射後の魚雷と衝突することがあり、実戦では難があると変更されたものである。
 太平洋戦争開戦直前に6隻とも完成し開戦後はウェーキ方面へ進出しているが、昭和17年初頭に「第1号」艇が高速航行中の事故により破損、その後は雷艇(いかずちてい:性能の劣った魚雷艇のこと。雑用船に分類される)とされ、内地に帰還した。その他の艇はミッドウェー占領後にミッドウェー島へ展開する予定であったが、ミッドウェー作戦の失敗によりウェーキ方面に残り、昭和18年に敵機の攻撃などで全艇が戦没した。

 その後、昭和18年ごろから乙型と呼ばれる魚雷艇の建造が開始された際に、外地に展開している海軍工作部でも魚雷艇を建造する計画が持ち上がり、同年4月に香港の第2工作部とスラバヤの第102工作部に対して、「T−1」型の設計をそのまま流用した魚雷艇の建造を行うよう命令が出された。これにより各工作部では現地の資材(兵装と機関は本土から輸送した)を利用して魚雷艇を建造した。これらの艇には「第151号」から「第165号」までの番号が付与されたが、設計が同じだったため分類上は「T−1」型に含まれている。


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