輸入魚雷艇(大正期)

Imported Torpedo boat (1920's)


CMB25
英海軍の55フィート型CMB(「CMB-25」艇:1918年頃)
スペックデータ(英55フィート型CMB)
排水量:11.0t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:ガソリン 搭載量不明
全長:18.0m
全幅: 3.4m 主機:形式不明ガソリンエンジン、2軸推進
吃水: 0.91m
出力:750〜900hp
武装:
7.7mm機銃1基、45cm魚雷落射機2基(魚雷2発)
最大速力:35.0kt
航続距離:不明
乗員定数:3〜5名
スペックデータ(独LM27)
排水量: 7.0t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:ガソリン 搭載量不明
全長:16.0m
全幅: 2.4m 主機:マイバッハ製ガソリンエンジン×3基、3軸推進
吃水: 0.68m
出力:720hp
武装:
7.7mm機銃1基、45cm魚雷発射管1基(魚雷1発)
最大速力:33.0kt
航続距離:不明
乗員定数:不明

同型艦名(2+1隻)
英CMB艇2隻、独LM艇1隻

輸入魚雷艇(大正期)
 第一次大戦では、航空機や戦車、毒ガスなどの新兵器が戦場に続々と登場し、戦争の様相が一気に変化していった。連合軍側として参戦した日本でも航空機を戦線に投入するなど、軍隊の近代化が行われた。
 この戦争ではイギリスやイタリア、ドイツなどにより、内燃機関を搭載した軽快・高速な小型艇に魚雷を搭載し、大型艦艇を翻弄するという戦術が登場してきた。元々19世紀末から20世紀初頭にかけての時代には水雷艇が行うべき仕事であったものが、水雷艇が強武装・大型化し駆逐艦と呼ばれるようになっていったことから、この任務を果たすべき小艦艇が一時期不在となっていたのだが、内燃機関の発達により小型・高速の艇(モーターボート)を実現することが可能となってきたのである。
 大戦終結後、日本海軍でもヨーロッパで登場したこれら魚雷艇を輸入し、研究を行ってきていたのだが、大正期の海軍では八八艦隊計画などの大型艦艇建造にばかり目が行っており、想定する主戦場である広大な太平洋では役に立たないであろう魚雷艇よりは、航空機や潜水艦による魚雷攻撃の方が実用性が高いとして、魚雷艇からは急速に関心が薄れていった。
 輸入された艇(英国ソーニクロフト社製CMB(Coastal Motor Boat:沿岸動力艇の略)艇、独エルツ社製LM(Leichte Schnelle Motorboote:軽量高速動力艇の略)艇)による試験も行われたが、CMB艇は日本海軍が想定している最高速度(約35ノット)を満たしているものの凌波性や取り扱い方法に難点があり、LM艇は最高速度を満たしていなかった(特に荒れた海上での速力低下が酷かった)ため、実用性なしとして研究は打ち切られてしまっている。

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