哨戒艇 第106号

Patrol Boat "No.106"
(ex Koninklijke Marine torpedobootjager "Banckert")



第106号
哨戒艇「第106号」(1934年:蘭海軍駆逐艦「バンケルト」時の姿/Photo from Wikimedia Commons)
スペックデータ(性能は蘭海軍時のもの)
排水量:(基)1,316t ボイラー:ヤーロー罐・重油専焼×3基 燃料搭載量:重油 330t
全長:93.4m
全幅:9.5m 主機:パーソンズ式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:3.0m
出力:31,000hp
武装:(日本海軍編入後)
40口径8cm単装高角砲2基、25mm3連装機銃4基、
爆雷24発搭載
最大速力:36.0kt
航続距離:15ktで3300浬
乗員定数:140名

同型艦名(1隻)
第106号"No.106"

哨戒艇 第106号について
 元はオランダ海軍の駆逐艦「バンケルト」で、太平洋戦争開戦時には蘭領東インド防衛のためジャワ島やボルネオ付近の哨戒などに従事していた。昭和17年2月に蘭艦隊は日本軍と交戦(バリ島沖海戦、スラバヤ沖海戦)したため壊滅状態となり、海戦に参加しなかった当艦もスラバヤで日本軍機の攻撃を受け損傷を負い、3月には捕獲をおそれ浮きドックごと自沈した(日本軍機の攻撃により沈没とする資料もある)。
 「第102号」哨戒艇などと同様スラバヤを占領した日本軍に捕獲されたが、他の艇と異なり昭和19年まで浮揚・修理は行われなかった。修理開始後に日本海軍籍へ編入されたが終戦までに完全に修理は完了しなかったため実戦への参加は行われていない。
 終戦時にスラバヤにてオランダ軍に拿捕され再度オランダ海軍籍に編入されたが、艦隊へ配備されることなく1949年に実艦標的として使用され沈没した。

哨戒艇 第106号の歴史
「第106号」 
1927年 8月25日(15日説あり)蘭ベルゲルハウト造船所にて起工
1929年11月14日進水
1930年11月14日竣工
1931年〜蘭領西インド諸島へ進出。警備等の任務に従事
1933年末〜蘭領東インドへ転属。哨戒、警備等の任務に従事
1939年 9月第二次大戦勃発。スンダ海峡の防衛隊旗艦となる
1941年12月太平洋戦争勃発。インドネシア東部方面の警備のため行動
      12月24日〜スラバヤへ帰還後、タンジョン・プリオク〜シンガポール間の船団護衛などに従事
1942年 2月24日スラバヤにて日本軍機の攻撃を受け損傷を負う
その後、修理のため浮きドックへ収容される
       2月28日浮きドック内にて日本軍機の爆撃至近弾を受け損傷を負う
       3月 2日日本軍の捕獲をおそれ、浮きドックごと蘭潜「K-18」の雷撃により自沈処分
       3月 8日ジャワ島総督は日本へ降伏する
1944年 3月〜日本海軍第102工作部の手により浮揚、修理を開始
       4月20日日本海軍籍へ編入。哨戒艇に類別。艇名を「第106号」哨戒艇と命名
       7月31日第2南遣艦隊へ配属(書類上のみ。船体は修理中)
1945年 8月15日スラバヤにて修理中に終戦を迎える
      10月23日オランダ軍が拿捕し、海軍籍に編入。艦名を「バンケルト」に戻す
1947年 3月 5日蘭海軍除籍
1949年 9月マドゥラ海峡にて実艦標的として使用され沈没


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