哨戒艇 第105号

Patrol Boat "No.105"
(ex Philippine customs cruiser "Arayat")



写真なし

スペックデータ(日本海軍編入時)
排水量:約1,000t ボイラー:不明 燃料搭載量:不明
全長:不明
全幅:不明 主機:不明
吃水:不明
出力:不明
武装:
不明
最大速力:不明
航続距離:不明
乗員定数:不明

同型艦名(1隻)
第105号"No.105"

哨戒艇 第105号について
 元はフィリピン政府(税関当局)の巡視船「アラヤット」であったが、太平洋戦争緒戦の日本軍によるフィリピン攻略の際に攻撃を受けマニラ湾で大破着底していたところを捕獲され、修理の後に艦隊へ編入となったものである。
 この艇は、日本海軍編入前の前身時代や海軍編入後の装備などの状況について不明な点が多く、上掲のスペックデータなどはほとんどの項目が『不明』となっている。また船の由来についても諸説あり、一説には19世紀末建造のスペイン砲艦であるとの資料も存在するが、当サイトでは独シーシャウ社で1931年竣工の説を取った。
 昭和18年(1943年)に修理完了後、南遣艦隊に配属されフィリピン周辺の哨戒や船団護衛などに従事しているが、昭和19年末に戦没してしまった。

哨戒艇 第105号の歴史
「第105号」 
1931年頃独シーシャウ社にて竣工
1931年 7月米陸軍省が購入し、フィリピン政府へ供与
フィリピン政府は税関の巡視船「アラヤット」としてマニラ湾にて運用
1941年12月12日(27日説あり)マニラ港第5埠頭に繋留中、日本軍機の攻撃により大破着底
1942年 1月マニラを占領した日本軍により捕獲される
       8月〜日本海軍第103工作部の手により浮揚作業を開始
浮揚後はキャビテ湾に回航され修理を実施
1943年 9月 1日日本海軍籍に編入。哨戒艇に類別。艇名を「第105号」哨戒艇と命名
       9月15日修理完了。第3南遣艦隊に配属
      10月〜マニラ湾やフィリピン周辺海域の哨戒、船団護衛などに従事
1944年11月29日オルモック湾にて哨戒中、米魚雷艇「PT-127」「PT-331」と交戦
「PT-127」の雷撃により行動不能となり、乗員脱出後に船体は放棄される
      12月上旬海岸に漂着しているところを米軍に拿捕される
船体は米魚雷艇隊の拠点として利用される
1945年 1月10日除籍


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