哨戒艇 第103号

Patrol Boat "No.103"
(ex United States Navy Minesweeper "USS Finch")



第103号
哨戒艇「第103号」(1930年代、アメリカ海軍時代の写真)
スペックデータ(日本海軍編入時)
排水量:(基)980t ボイラー:バブコック&ウィルコックス式罐・重油専焼×1基 燃料搭載量:重油 搭載量不明
全長:55.0m
全幅:10.1m 主機:(詳細不明)往復動蒸気機関(3段膨張式)×1基、1軸推進
吃水:2.7m
出力:1,400hp
武装:
8cm単装高角砲2基、爆雷48発
最大速力:13.0kt
航続距離:10ktで1400浬
乗員定数:105名

同型艦名(1隻)
第103号"No.103"

哨戒艇 第103号について
 元はアメリカ海軍の掃海艇「フィンチ」(AM-9)で、第一次大戦時に計画建造された艇である。1920年代に米アジア艦隊へ編入され、フィリピンや中国沿岸などで行動していた。太平洋戦争が始まるとフィリピン周辺に日本軍が敷設した機雷の掃海だけでなく、台湾海峡の哨戒や輸送船の護衛任務などにも従事した。
 昭和17年(1942年)4月にマニラ湾キャビテ港にて日本軍機の爆撃を受け沈没したため、乗員は船体を放棄脱出したが、その後侵攻してきた日本軍に船体を捕獲されている。当艇を捕獲した日本軍は海軍第103工作部により艇を浮揚させ、修理を実施した。修理には約1年かかり、修理完了後は第3南遣艦隊に所属して東南アジア周辺での船団護衛などに従事したが、昭和20年1月に米軍機の攻撃を受け沈没した。  

哨戒艇 第103号の歴史
「第103号」 
1917年 8月22日米スタンダード造船にて起工
1918年 3月30日進水
       9月10日竣工。慣熟訓練の後、北海などで掃海任務に従事
1921年 8月〜アジア艦隊へ転属。フィリピンなどで行動
1941年12月〜太平洋戦争開戦に伴い、哨戒や護衛任務に従事
1942年 3月燃料の供給が途絶えたため、行動を制限されキャビテ湾に係留となる
       4月11日キャビテ湾にて日本軍機の爆撃を受け沈没
       5月日本海軍第103工作部の手により浮揚され、修理を開始
       5月 8日米海軍除籍
1943年 4月 1日日本海軍籍に編入。哨戒艇に類別され、艇名を「第103号」哨戒艇と命名
       5月 26日修理完了。第3南遣艦隊に配属となり、船団護衛などに従事
1945年 1月12日ベトナム南部のファン・リ[Phan Ri]湾沖にて米艦載機の攻撃を受け沈没
       3月10日除籍


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