砲艦 大島

GunBoat "Oosima"


大島
砲艦「大島」(1900年頃)
スペックデータ
排水量:(常)630t ボイラー:円罐・石炭専焼×2基 燃料搭載量:石炭 140t
全長:53.95m
全幅:7.42m 主機:直立型往復動蒸気機関(3気筒3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:2.77m
出力:1,217hp
武装:
38口径12cm単装砲2基、32口径12cm単装砲2基、
47mm機銃2基、37mm5連装砲6基
最大速力:13.0kt
航続距離:不明
乗員定数:129名

同型艦名(1隻)
大島"Oosima"[Ôsima]

砲艦 大島について
 仮想敵国である清国の戦艦に対抗するために建造された防護巡洋艦「松島」型を設計したフランス人技師エミール・ベルタンが日本に来て最初に設計したのがこの「大島」である。したがって国内建造の艦としては珍しくフランス式の艦型をしており、機関部に防御装備を施すなど先鋭的な部分と補助用に帆走設備を有するなど前時代的な部分が混在した不思議な艦であった。
 艦の中心線上に12センチ砲を配置し、補助火力としてホチキス式47ミリ機関砲と37ミリ砲を多数配置し近接戦闘に威力を発揮するはずであったが、日露戦争従軍の際に砲艦「赤城」と衝突事故を起こし沈没。実戦でその火力を十分に発揮する機会には恵まれなかった。

砲艦 大島の歴史
「大島」「大島」=島嶼名から取った名称。東京都の伊豆大島から取った
1889年 8月29日官営小野浜造船所(後の呉鎮守府造船支部)にて起工
1891年10月14日進水
1892年 3月31日竣工
1894年〜日清戦争に参加。黄海海戦や各地の攻略作戦などに参加
1898年 3月21日二等砲艦に類別
1904年〜日露戦争に参加
       5月18日旅順沖にて砲艦「赤城」と衝突事故を起こし沈没
1905年 6月15日除籍


検索画面に戻るときはブラウザの「戻る」等の機能を使用してください。 LAST UPDATE 2015,09,11(First Up 1999,08,21)