標的艦 大浜級

"Oohama" Class Bomb Target Ship


大浜
標的艦「大浜」(Illustration by "SnowCloudInSummer" 2009 / Creative Commons Attribution 3.0))
スペックデータ
排水量:(公)3,070t ボイラー:ロ号艦本式罐・重油専焼×3基 燃料搭載量:重油 507t
全長:112.00m
全幅:11.55m 主機:艦本式オールギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:4.10m
出力:52,000hp
武装:
13mm連装機銃2基
(実際には12cm単装高角砲2基、25mm3連装機銃4基、同単装機銃20基、
爆雷36個などを搭載した)
最大速力:32.5kt
航続距離:18ktで4000浬
乗員定数:173名

同型艦名(1隻+4隻)
大浜"Oohama"[Ôhama]大指"Oosasi"[Ôsasi](未完成)矢越"Yagosi"(未着工)
安乗"Anori"(未着工)大畠"Oobatake"[Ôbatake](未着工)

標的艦 大浜級について
 太平洋戦争中に標的艦「波勝」を就役させた日本海軍であったが、実際の戦闘時になると航空機に狙われた敵艦は30ノット近い高速で回避行動をとるため、低速力の「波勝」では実戦的な爆撃訓練を行うには能力不足であることは否めなかった。そこで戦時中に出された改第五次建造計画では高速力を発揮できる標的艦「大浜」型五隻の建造計画が提示された。
 「大浜」型は機関に「陽炎」型駆逐艦と同様の物を搭載し、33ノットという高速を発揮できるよう設計されていた。また船体サイズも「波勝」より大きくなり甲板も高度5000メートルから落とされた10キログラム訓練爆弾に耐えられるよう、厚さ25ミリの鋼板が貼られていた。
 だが一番艦「大浜」が完成したのは終戦直前の昭和20年1月であり、一度も訓練には使用されずに連合軍の攻撃を受け大破(演習用爆弾には耐えられても、実際に攻撃で使用される大型爆弾には耐えられなかった)してしまった。なお二番艦「大指」は進水はしたものの完成直前に工事中止となり、三番艦以降は未着工に終わった。

標的艦 大浜級の歴史
「大浜」「大浜」=広島県因島北東端の大浜埼から取った名称
1943年10月 2日三菱横浜造船所にて起工
1944年 3月29日進水
1945年 1月10日竣工。同日連合艦隊付属となるが、木更津沖にて待機とされる
       8月 9日宮城県女川港へ移動し、入港
       8月10日(9日説あり)英海軍機の攻撃を受け大破着底
       9月15日除籍。戦後解体処分される
「大指」「大指」=宮城県追波湾北東端の大指埼から取った名称
1944年 1月 7日三菱横浜造船所にて起工
1945年 2月16日進水
       6月23日工事中止命令発令により工事中止。終戦後は横浜港内に放置となる
1946年 3月 6日横浜港内にて漂流し「山汐丸」と衝突、浸水着底
 戦後、解体処分される
「矢越」「矢越」=北海道松前半島南東部の矢越岬から取った名称
 仮称「第5413号艦」の予定艦名。終戦のため未着工
「安乗」「安乗」=三重県志摩半島東端の安乗埼から取った名称
 仮称「第5414号艦」の予定艦名。終戦のため未着工
「大畠」「大畠」=山口県屋代島と本土の間にある大畠瀬戸から取った名称
 仮称「第5415号艦」の予定艦名。終戦のため未着工


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