砕氷艦 大泊

Ice Breaker "Oodomari"


大泊(竣工直後)
砕氷艦「大泊」(1921年)
スペックデータ(太平洋戦争開戦前のもの)
排水量:(基)2,330t ボイラー:円罐・石炭専焼×5基 燃料搭載量:石炭 508t
全長:60.95m
全幅:15.24m 主機:直立型往復動蒸気機関(3気筒3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:6.40m
出力:4,000hp
武装:
40口径7.6cm単装高角砲1基、7.7mm機銃2基
最大速力:13.0kt
航続距離:不明
乗員定数:101名

同型艦名(1隻)
大泊"Oodomari"[Ôdomari]

砕氷艦 大泊について
 日本海軍が建造保有した唯一の砕氷専用艦である。北方警備にあたる艦艇にはある程度の砕氷機能が付与されていたが、大型航洋の砕氷専門艦は当艦だけである。第一次大戦やシベリア出兵にて北方警備が重要視されるようになり、氷結した海洋で行動が可能な艦として大正9年の予算にて計画建造された。
 砕氷方法は艦首を氷の上に乗り上げた後に船体内のタンクに海水を汲み上げ船体の重量にて氷を割る方式を採用しており、厚さ約1メートルの氷を砕氷できた(ただし現代の砕氷艦のように船体を左右に揺すっての砕氷はできず、タンク内の重量移動により前後に揺することだけ可能であった)。
 竣工後すぐに宗谷海峡にて初任務に従事したが、北方での運用に不都合がある点(艦橋の一部が露天だったり、艦首部分の強度不足など)が見つかったため、すぐに改修が行われている。改修前と後の判別は新たに設置された艦首部のラム(衝角)や船尾楼、密閉式となった艦橋部で簡単に見分けがつく。
 太平洋戦争中は北方海域にてソ連艦の臨検などの任務に従事し、終戦まで生き残った。終戦後に海上保安庁の北方用巡視船として再使用することも計画されたが船体の痛みが激しく、結局は解体処分されている。

砕氷艦 大泊の歴史
「大泊」「大泊」=樺太にある大泊港(旧名コルサコフ)から取った名称
1921年 6月24日神戸川崎造船所にて起工
      10月 3日進水
      11月 7日竣工
      12月〜樺太・沿海州方面へ配置。北方海域にて行動
1941年12月〜太平洋戦争に参加。北方海域の警備活動に従事
1945年 8月15日横須賀にて終戦を迎える
       9月15日除籍
      12月 1日特別輸送艦(復員船)に指定されるが、船体の痛みが激しく使用されず
1946年 5月 7日特別輸送艦の指定を解かれる
1949年10月〜解体処分される。翌年3月解体完了


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