敷設艇 夏島(初代)

Minelayer "Natusima(1)"


写真なし

スペックデータ
排水量:(基)405t ボイラー:(詳細不明)石炭専焼罐×1基 燃料搭載量:石炭 搭載量不明
全長:不明
全幅:不明 主機:(詳細不明)往復動蒸気機関(3気筒3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:不明
出力:600hp
武装:
40口径8cm単装砲2基
最大速力:不明
航続距離:不明
乗員定数:40名

同型艦名(1隻)
夏島(初代)"Natusima(1)"

敷設艇 夏島(初代)について
 19世紀に登場した機雷は港湾防御や閉塞作戦などに重宝する兵器として各国でも盛んに配備が行われた。日本海軍でも日露戦争で旅順やウラジオストクを閉塞するために機雷を敷設したが、大型の敷設専用艦艇を保有していなかったため、雑役船である小型艇や艦載水雷艇、砲艦・海防艦などの戦闘艦艇まで動員して敷設を行った。
 日露戦争終結後、日本海軍は初めて専用の大型機雷敷設艇を建造することにし、建造されたのが当艇である。それまでの数十トンから二、三百トン程度の敷設用雑役船に比べ、当艇では排水量は五百トンあまりと大型化しているが、後述するとおり艦艇扱いされていなかったため、船体サイズや搭載機雷の数など詳細な記録が残されていない。
 明治44年(1911年)に竣工した当艇だったが、敷設艇は雑役船とされていたため名称は「夏島丸」と他の特務艇と同様『丸』が付され、海軍の公表艦艇一覧にも掲載されずに艦艇扱いはされなかった。その後、大正9年(1920年)に類別標準改定が行われ、敷設艇は特務艦艇に含まれるようになったため、名称も「夏島」と改められ二等敷設艇に類別されているものの、大正12年(1923年)に雑役船(練習船)となり海軍兵学校で教務に使用されるようになったため、特務艇であった期間は短かった。

敷設艇 夏島(初代)の歴史
「夏島(初代)」「夏島」=神奈川県横須賀港内にある夏島から取った名称
現在は埋め立てられ陸続きになっている
1911年 3月三菱重工横浜造船所で進水。艇名を「夏島丸」とされる
       6月竣工。横須賀防備隊に配置
1920年 4月 1日類別を特務艇(二等敷設艇)とされ、艇名を「夏島」に改称
1923年 4月 1日雑役船(練習船)に類別され、海軍兵学校で使用される
1927年 2月28日廃船。後に売却・解体となる


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