砲艦 鳴海

GunBoat "Narumi"
(RN Ermano Carlotto)



エルマノ・カルロット
砲艦「鳴海」(1930年代:伊海軍「エルマノ・カルロット」時代の写真)
スペックデータ
排水量:(基)180t ボイラー:ヤーロー罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油56t
全長:48.80m
全幅:7.50m 主機:直立型往復動蒸気機関(3気筒3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:0.70m
出力:1,100hp
武装:
40口径7.6cm単装高角砲2基
最大速力:14.0kt
航続距離:不明
乗員定数:56名

同型艦名(1隻)
鳴海"Narumi"

砲艦 鳴海について
 元はイタリア海軍砲艦「エルマノ・カルロット」で、1943年にイタリアが連合国へ降伏したときに上海で自沈放棄されたものを、日本海軍が引き上げて修理後に「鳴海」と命名して艦籍に編入させたものである。
 1944年からは戦利砲艦「多多良」(元米軍河川砲艦)と第24砲艦隊を編成して活動した。終戦時には航行不能の状態で上海にあり、国府軍に接収され「江鯤」(ジァン・クン)[Jian-Kun]と命名されたが、後に人民軍海軍に鹵獲されている。

砲艦 鳴海の歴史
「鳴海」「鳴海」=現在の名古屋市の一地名。東海道五十三次の一つ
1918年 6月19日上海ドック[Shanghai Dock]にて伊海軍砲艦「エルマノ・カルロット」として進水
1921年 2月28日竣工
1923年〜イタリア権益保護のため長江流域などで行動
1943年 9月 9日イタリアが降伏したため、上海にて自沈
      10月日本海軍に接収され、引き上げ後修理を実施
      11月 1日「鳴海」と命名し艦籍に編入
1944年10月砲艦「多多良」と共に第24砲艦隊を編成
1945年 8月15日上海にて航行不能の状態で終戦を迎える
後に中華民国に接収され、国府軍軍艦「江鯤」(ジァン・クン)[Jian-Kun]と命名される
1947年 5月 3日日本海軍積を除籍
1949年中共軍に投降。人民軍海軍編入後、艦名を「錢坤」(キアン・クン)[Qian-Kun]と改名
1960年代退役


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