室戸型 給炭艦

"Muroto" Class Collier


室戸

野島
(上段)給炭艦「室戸」(1932年)/(下段)給炭艦「野島」(1935年頃)(Photo from Wikimedia Commons)
スペックデータ
排水量:(常)8,750t ボイラー:円罐・石炭専焼×2基 燃料搭載量:石炭 838t
全長:105.16m
全幅:15.24m 主機:直立型往復動蒸気機関(3気筒3段膨張式)×1基、1軸推進
吃水:7.06m
出力:2,500hp
武装:
平時は武装なし(12cm単装砲2基を装備可能)
(後に砲を8cm単装高角砲へ換装した)
最大速力:12.0kt
航続距離:不明
乗員定数:124名

同型艦名(2隻)
室戸"Muroto"野島"Nozima"

室戸型給炭艦について
 第一次大戦後に建造された中型貨物船で、艦隊燃料である石炭と各部隊用軍需物資を運送する目的のために建造されたもの。「室戸」は上海事変勃発による海軍陸戦隊員の負傷者増大をカバーするために超短期間(10日間)の突貫工事で病院設備を整え、運送船兼病院船として上海事変以降は活躍している。このとき病院船となった「室戸」であるが、国際赤十字の規定による無武装・特殊塗装の病院船ではなく、単に病院設備を持った艦として完成・使用されたのは病院船以外にも物資輸送で利用するためであった (国際赤十字に規定された病院船となると敵から攻撃される心配はなくなるが兵站物資や兵員輸送など軍事目的の行動はとれなくなる)。
 同型艦「野島」は改装によりヘビーデリックを装備し重量貨物などの輸送にも威力を発揮したが、両艦とも太平洋戦争で戦没している。

室戸型給炭艦の歴史
「室戸」「室戸」=高知県土佐湾南東端の室戸岬から取った名称
1918年 7月 4日三菱神戸にて起工
      10月23日進水
      12月 7日竣工。運送船に類別
1920年 4月 1日特務艦(運送艦(給炭))へ類別変更
1932年 2月上海事変勃発のため病院船設備を追加する工事を行う
       3月中支方面に進出。病院船として活動
1937年日華事変勃発。中支方面に進出し病院船として活動
1941年12月太平洋戦争に参加。カムラン湾に進出
1942年 3月シンガポールへ転戦。病院船としての活動のほか輸送任務にも従事
       6月〜本土へ帰還。大湊など北方で病院船として活動
1943年 6月〜中支方面などへの輸送任務に従事
1944年 8月〜沖縄方面への輸送任務に従事
      10月22日トカラ諸島東方にて米潜「シー・ドッグ」の雷撃を受け沈没
      12月10日除籍
「野島」「野島」=房総半島南端の野島崎から取った名称
1918年 7月16日三菱神戸にて起工
1919年 2月 3日進水
       3月31日竣工。運送船に類別
1920年 4月 1日特務艦(運送艦(給炭))へ類別変更
1930年ボイラーを宮原罐3基に換装。最高速度が14ノットに向上する
1932年上海事変勃発のため中支方面の輸送任務に従事
1937年日華事変勃発。中支方面の輸送任務に従事
1941年12月太平洋戦争に参加。南遣艦隊に所属しカムラン湾へ向かう
      12月27日香港南西沖にて敵潜水艦の雷撃を受け大破擱座
波浪のため損傷が拡大し、翌年1月19日には船体が切断される
1942年 1月末香港へ曳航され修理を実施(完了は同年12月)
1943年 1月〜ラバウルへ進出。輸送任務に従事
       2月28日〜ニューギニア方面への物資輸送任務(八十一号作戦)に参加
       3月 2日ビスマルク海にて敵機の攻撃を受け損傷を負う
       3月 3日ビスマルク海南方にて敵機の攻撃を受け航行不能となる
その後、駆逐艦「荒潮」と衝突し沈没(ビスマルク海海戦)
       4月30日除籍


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