砲艦 孟春

GunBoat "Mousyun"


孟春
砲艦「孟春」(1880年頃)
スペックデータ
排水量:(常)357t ボイラー:不明 燃料搭載量:石炭 搭載量不明
全長:42.70m
全幅: 6.40m 主機:(詳細不明)蒸気機関、1軸推進
吃水:2.5m
出力:190hp
武装:
12cm(70ポンド)単装砲2基、4ポンド(6ポンド説あり)単装砲2基
最大速力:12.0kt
航続距離:不明
乗員定数:87名

同型艦名(1隻)
孟春"Mousyun"[Môsyun]

砲艦 孟春について
 慶応3年(1867年)に英国で建造されたスループ艦「ユージニー」[Eugenie]を佐賀藩が購入したもので、佐賀藩では「孟春丸」と名付けられた。
 明治元年(1868年)2月に大隈重信が海軍先鋒総督に任命され、鹿児島藩、久留米藩、佐賀藩の兵達を輸送する任務に従事した際、当艦もこの任務に参加し日本海軍初の艦隊任務を行っている。また同年4月以降は榎本武揚軍の鎮圧(いわゆる戊申戦争)にも中心的艦艇として参加している。
 明治2年に津波のため座礁したが、復旧修理後兵部省所属となり明治4年に海軍籍へ編入となった。明治7年の台湾征討や翌8年の江華島事件、10年の西南戦争などに出撃したほか、測量任務などにも従事しており明治20年に除籍されるまで創生期海軍の中心として八面六臂の活躍を見せた艦である。

の歴史
「孟春」「孟春」=「孟」は初めという意味。春の初め、すなわち陰暦で言う新年のこと
1867年英国船「ユージニー」としてイギリス・ロンドンにて竣工
1868年 2月(旧暦慶応4年1月)佐賀藩が購入。「孟春丸」と改名
       2月大坂〜横浜間で海兵輸送任務に従事。日本海軍初の艦隊任務である
       4月〜戊辰戦争に参加。奥州〜箱館へ出撃
1869年(旧暦明治2年)岩手県鍬ヶ崎付近にて津波のため座礁。後に復旧修理される
1871年 7月 9日(旧暦明治4年5月22日)海軍籍に編入。艦名を「孟春」と改名
1874年台湾征討のため出動
1875年末江華島事件(日本と朝鮮の武力衝突)勃発。邦人保護のため釜山へ進出
1877年西南戦争に参加。日奈久攻略などに従事
1879年〜各地の測量任務に従事
1882年壬午事変(同年7月23日に漢城(現ソウル)にて日本公使館が朝鮮の反乱兵士に
襲撃された事件)勃発のため、朝鮮周辺海域の警備任務に従事
1884年末甲申事変(同年12月4日に朝鮮で起きたクーデター事件)勃発のため、朝鮮
周辺海域の警備任務に従事
1887年10月 8日除籍。逓信省へ移管され、商船学校の係留練習船「孟春号」となる
1896年 7月廃船。神奈川県港務部へ移管され、検疫番船「孟春号」となる


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