通報艦 宮古

Scout Ship "Miyako"


宮古
通報艦「宮古」(1901年頃)
スペックデータ
排水量:(常)1,772t ボイラー:円罐・石炭専焼×8基 燃料搭載量:石炭 400t
全長:96.01m
全幅:11.58m 主機:直立型往復動蒸気機関(3気筒3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:3.96m
出力:6,130hp
武装:
40口径12cm単装砲2基、47mm単装砲10基、
45cm魚雷発射管2門
最大速力:20.0kt
航続距離:不明
乗員定数:220名

同型艦名(1隻)
宮古"Miyako"

通報艦 宮古について
 日清戦争直前に呉工廠で起工され戦後に竣工した通報艦。通報艦に類別されているが性能的には巡洋艦に引けを取らず、後の軽巡洋艦程度の戦力を持っていた。基本的には「八重山」の改良型であるが、フランス式だった「八重山」とは異なりイギリス式の設計が行われている。なお計画時の設計では帆走設備が盛り込まれていたが、製造費が不足したことや通報艦としての任務では帆走は行う必要が無いとの判断から帆走設備は製作されなかった。
 この艦は呉工廠で建造された最初の艦艇であるが、初めての進水式で不慣れだったためか進水時に船台から海上へ滑り出る途中で止まってしまい、曳船などを使用して大騒ぎで引き下ろされるという一幕を演じている。
 竣工からわずか5年後の日露戦争にて、明治37年の『魔の5月14日』(5月14日〜15日の間に戦艦や巡洋艦が相次いで触雷沈没したため、後世の戦史では日本海軍の厄日とも言われている)に触雷沈没した。

通報艦 宮古の歴史
「宮古」「宮古」=沖縄県宮古列島の主島である宮古島から取った名称
1894年 5月26日呉工廠にて起工
1897年10月27日(1898年説あり)進水
1899年 3月31日竣工
1904年日露戦争に参加。旅順攻略などに従事
       5月14日大連湾にて掃海作業に従事中に触雷、沈没
1905年 5月21日除籍


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