航海(帆走)練習艦 満珠(初代)型

"Manjyu(1)" Class Training Ship


満珠
(上段)練習艦「満珠」(1889年:Photo from Wikimedia Commons)
干珠
(下段)練習艦「干珠」(1888年頃)

スペックデータ
排水量:(常)877t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:−−−−−
全長:47.5m
全幅:10.5m 主機:−−−−−
吃水:4.3m
出力:−−−−−
武装:
20ポンド砲2基を含む砲5門搭載
最大速力:−−−−−
航続距離:−−−−−
乗員定数:不明

同型艦名(2隻)
満珠(初代)"Manjyu(1)"干珠(初代)"Kanjyu(1)"

航海(帆走)練習船 満珠(初代)型について
 海軍の艦船運用術練習艦として就役していた「肇敏」の老朽化や、小形故に手狭だった「石川」「館山(第一回漕丸)」を補うため建造された艦。まだ帆走中心だった時代を反映して三檣バーク型の風帆練習艦として完成している。
 小野浜造船所にて建造された国産艦で、同じ設計の「満珠」「干珠」が同一日に進水・竣工をしている。元々名称も対になるものであった当型は、その経歴も同じものとなっており、日清戦争では連合艦隊にこそ所属しなかったものの軍港警備艦として従軍した。なお上掲写真はモノクロのため色が判らないが、舷側に紅白のラインを入れて両艦を見分けるようにしていたとのことである(「満珠」が赤、「干珠」が白)。
 日露戦争後に廃船となり、「満珠」は文部省へ移管されたが「干珠」は売却処分となった。

航海練習艦 満珠(初代)型の歴史
「満珠」(初代)「満珠」=関門海峡の東口にある満珠島から取った名称
壇ノ浦古戦場の北に位置する潮の流れの速い場所である
1886年 8月31日小野浜造船所にて起工
1887年 8月18日進水
1888年 6月13日竣工
 航海(帆走)練習艦として海兵の練習任務に従事
1894年佐世保軍港警備艦として日清戦争に参加
1896年 9月26日除籍。佐世保海兵団所属の雑役船となる
1909年 9月17日廃船。翌年、文部省に移管し佐賀県立商船工業学校の実習船となった
「干珠」(初代)「干珠」=関門海峡の東口にあり満珠島の西隣にある干珠島から取った
名称。日本書紀に出てくる「しおひのたま」「しおみちのたま」から取られた島名
1886年 8月31日小野浜造船所にて起工
1887年 8月18日進水
1888年 6月13日竣工
 航海(帆走)練習艦として海兵の練習任務に従事
1894年横須賀軍港警備艦として日清戦争に参加
1896年 9月26日除籍。横須賀海兵団所属の雑役船となる
1909年 9月17日廃船。翌年売却処分される


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