砲艦 舞子

GunBoat "Maiko"
(PN Macau)



舞子
砲艦「舞子」(1920〜30年代:ポルトガル砲艦「マカオ」時代の写真)
スペックデータ(【 】内は日本海軍時代の数値)
排水量:(満)130t ボイラー:ヤーロー罐・石炭専焼×1基 燃料搭載量:石炭 搭載量不明
全長:36.50m
全幅:6.00m 主機:直立型往復動蒸気機関(3気筒3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:0.60m
出力:250hp
武装:
57mm単装砲1基、機銃2丁
【8cm単装高角砲1基、20mm機銃1基】
最大速力:11.8kt【5.0kt】
航続距離:不明
乗員定数:【40名】

同型艦名(1隻)
舞子"Maiko"

砲艦 舞子について
 元はポルトガル軍の砲艦「マカオ」[Macau]であった艦で、太平洋戦争開戦時はその名が示すとおりポルトガル領マカオ警備のため香港に駐留していた。ポルトガルと日本は戦争状態ではなかったので、香港占領後も日本海軍の干渉は受けなかったが、艦が老朽化しており、戦時ではその保持も困難であったため持て余していたポルトガル政府からの打診により日本海軍が買い取ったものである。
 イギリスのヤーロー社で建造された艦で、この艦の数年前に同様にイギリスで建造された砲艦「隅田」(初代)とよく似た艦型である。日本海軍が購入し艦隊に編入したものの、すでに老朽化していたため航行速度などは新品の頃の半分程度にまで低下していた。
 終戦時には広東にあり、国府軍に接収された後は軍艦「武鳳」(ウー・フェン)[Wu-Feng]と命名され、後に中共軍に接収使用されたと伝えられる。

砲艦 舞子の歴史
「舞子」「舞子」=神戸市垂水区にある白砂青松の浜、舞子浜から取った名称
東は須磨の浦、西は明石に接する風光明媚の地である
1910年英国ヤーロー社にてポルトガル砲艦「マカオ」として竣工
分解して香港まで舶送され、再度組み立て後に就役
1941年12月太平洋戦争開戦時にはポルトガル領マカオ警備のため香港に駐留
1943年 8月日本海軍がポルトガル政府より購入
       8月15日砲艦「舞子」と命名され艦籍に編入
1945年 8月15日広東にて終戦を迎える
後に中華民国に接収され国府軍軍艦「武鳳」と命名される
1947年 5月 3日日本海軍積を除籍
1949年頃中共軍に接収、人民軍海軍に使用されるが、消息は不明


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