測量艦 膠州(初代)

Survey Ship "Kousyuu(1)"
("Michael Jepsen")




膠州
測量艦「膠州」(1918年)
スペックデータ
排水量:(常)2,270t ボイラー:円罐・石炭専焼×2基 燃料搭載量:石炭 250t
全長:76.53m
全幅:11.00m 主機:直立型往復動蒸気機関(3気筒3段膨張式)×1基、1軸推進
吃水:3.73m
出力:966hp
武装:
40口径12cm単装砲1基
最大速力:10.3kt
航続距離:不明
乗員定数:101名

同型艦名(1隻)
膠州(初代)"Kousyuu(1)"[Kôsyû(1)]

測量艦 膠州について
 元はドイツ商船「ミハエル・イェプセン」であったが、第一次大戦の際に青島港を閉塞するため、ドイツ軍が閉塞船として自沈させていたものを日本軍が引き上げ修理の後、艦籍へ編入した。
 小型低速の艦ではあるが、除籍となるまでに北方水域から南洋方面、中国大陸沿岸など広範囲で測量・輸送任務に活躍した。大正12年の関東大震災の際には横須賀〜東京間の連絡任務にも従事している。

測量艦 膠州の歴史
「膠州」(初代)「膠州」=中国山東半島にある膠州湾から取った名称。元はドイツの
租借地であったが第一次大戦で日本軍が占領。大正11年に中国へ返還
1904年独ホバルト社[Howaldtswerke]にてドイツ商船「ミハエル・イェプセン」として竣工
1914年青島港の閉塞船として自沈する。
同年11月7日、日本海軍に捕獲される
1915年 7月16日日本海軍により引き上げ。その後、修理される
       8月23日艦籍へ編入。艦名を「膠州」と改名し、特務船(運送船)に類別
1918年 2月〜艦首部に砕氷用艦首を装備。北方海域での活動に従事
1920年 4月 1日類別標準改定により特務艦(運送艦)に類別変更
1922年 4月 1日特務艦(測量艦)に類別変更
1923年 9月関東大震災に際し横須賀〜東京間の連絡任務に従事
1926年〜砕氷用艦首を撤去。南洋海域での活動に従事
1940年 4月 1日除籍。後に解体処分


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