砲艦 乾行

GunBoat "Kenkou"


乾行
砲艦「乾行」(1870年代?)
スペックデータ
排水量:(常)522t ボイラー:不明 燃料搭載量:不明
全長:53.1m
全幅: 7.0m 主機・推進軸数:不明
吃水:不明
出力:120hp
武装:
口径不明の砲を6〜9門(?)搭載
最大速力:不明
航続距離:不明
乗員定数:不明

同型艦名(1隻)
乾行"Kenkou"[Kenkô]

砲艦 乾行について

 幕府軍との戦いを視野に入れていた薩摩藩が長崎の貿易商グラバーから購入した艦。元は英国船「ストーク」[Stork?/Stoyk?]という名であったとされているが、下記年表にあるとおり英海軍砲艦「ビーグル」がその前身であるため、一度民間へ払い下げられてから薩摩藩へ売却された可能性もある。
 戊辰戦争の際には北越方面へ出撃、幕府軍の汽船「順動丸」を攻撃し擱座させる戦果を挙げており、その後廃藩に伴い薩摩藩から明治政府へ献納された当艦は「乾行艦」と改名して艦籍へ編入された。しかし、旧式であるため特に実戦任務へ就く事はなく、後に機関を降ろして岸壁に係留された練習船となった。

 なお、当艦の前身「ストーク」は有名な博物学者ダーウィンが南洋探検(1831年〜36年)の際に座乗した船「ビーグル」[Beagle]号が「ストーク」と改名したものであるという説が一時期まかり通っていたが、これは同名異船の間違いであり当艦はダーウィンとは無関係である(ダーウィンが乗船した「ビーグル」は1820年就役1845年退役の英海軍ブリッグ(2本マストの前マストが横帆の帆船)スループ艦であるため、当艦の前身「ビーグル」から見ると英海軍の先代同名艦であった)。

砲艦 乾行の歴史
「乾行」「乾行」=正道に従い、健やかに務め行うという意味の漢語
1854年イギリス・リバプールにて英海軍砲艦「ビーグル」[HMS Beagle]として竣工
      〜1856年クリミア戦争に参加
1859年イギリス海軍東洋艦隊(東インド・中国艦隊)に転属
1863年香港にて薩摩藩が購入。長崎にて引き渡しを受け艦名を「乾行」と命名
(日本側の記録では1864年英国船「ストーク」を購入となっている)
1868年 1月〜戊辰戦争に参加。同年7月幕府軍艦船と戦闘を行う(寺泊沖海戦)
1870年 5月廃藩に伴い明治政府へ献納される
       7月11日(旧暦明治3年6月13日)海軍籍へ編入。「乾行艦」と改名
年月不詳機関を降ろし、係留練習船として使用されるようになる
1881年 9月12日除籍。船体は練習艦「摂津艦」の付属物とされる
1882年 7月東海鎮守府所属の雑役船として浦賀に繋留される
1889年 3月売却処分となり、後に解体される


検索画面に戻るときはブラウザの「戻る」等の機能を使用してください。 LAST UPDATE 2015,11,21(First Up 2002,05,04)