給兵艦 樫野

Ammunition Ship "Kasino"


樫野
給兵艦「樫野」(Illustration by "SnowCloudInSummer" 2008 / Creative Commons Attribution 3.0))
スペックデータ
排水量:(公)11,100t ボイラー:ラモント罐・重油専焼×2基
     ホ号艦本式罐・重油専焼×2基
燃料搭載量:重油 900t
全長:130.00m
全幅:18.80m 主機:ブラウン・ボベリ式二段減速タービン×2基、2軸推進
吃水:6.67m
出力:4,500hp
武装:
45口径12cm単装高角砲2基、13mm連装機銃2基
最大速力:14.0kt
航続距離:14ktで6000浬
乗員定数:303名

同型艦名(1隻)
樫野"Kasino"

給兵艦 樫野について
 第三次補充計画(マル3計画)の第55号艦として建造された特殊運送艦。同計画の第1、2号艦として建造されることになった戦艦「大和」「武蔵」の主砲砲身・砲塔を運搬するために特別に建造されたものである。当時「大和」型の砲が46センチ砲であることは最高の機密事項であったため、その巨砲を運搬する当艦についても建造時から特に機密保持には留意されていた。そのため艦の全貌が判る写真は現在まで見つかっていない。
 昭和15年に竣工した後、数回の各種物資輸送と「武蔵」の砲塔・砲身輸送に従事したが、太平洋戦争開戦から10ヶ月後に敵潜水艦の雷撃により沈没。その短い生涯を閉じたのである。
 なお、このとき「大和」型三番艦「信濃」が建造中であり、史実と異なり「信濃」を戦艦として完成させることになっていれば、当艦の損失が「信濃」建造のスケジュールに大幅な遅延を与えたであろうことは想像に難くない(実際、製造された「信濃」の主砲は運ぶ手段を得られないまま放置となった)。

給兵艦 樫野の歴史
「樫野」「樫野」=紀伊半島南端の樫野埼から取った名称
1939年 7月三菱長崎にて起工
1940年 1月26日進水
       7月10日竣工
1941年各種物資輸送及び「武蔵」砲塔運送任務に従事
1942年 9月 4日尖閣諸島西方にて米潜「グローラー」の雷撃を受け沈没
      10月20日除籍


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