潜水母艦 韓崎

Submarine Tender "Karasaki"
"Екатеринослав"[Ekaterinoslav]



韓崎
潜水母艦「韓崎」(1930年頃:横づけしているのは「イ−61」「イ−62」
スペックデータ
排水量:(常)10,500t ボイラー:円罐・石炭専焼×4基 燃料搭載量:石炭 900t
全長:127.7m
全幅:15.16m 主機:横置式往復動蒸気機関(3気筒3段膨張式)×1基、2軸推進
吃水:4.80m
出力:2,300hp
武装:
40口径8cm単装高角砲1基、47mm単装砲4基
最大速力:12.6kt
航続距離:不明
乗員定数:249名

同型艦名(1隻)
韓崎"Karasaki"

潜水母艦 韓崎について
 元々はロシア義勇船隊所属の汽船「エカテリノスラブ」[Екатеринослав]である。1904年2月の対露戦(日露戦争)開始と同時に釜山沖で日本海軍に拿捕され、捕獲地点にちなんで「韓崎」と名付けられた。
 捕獲後は陸軍の運送船として使用されていたが1906年海軍へ移管され軍艦籍へ編入となり、水雷母艦に類別された。ただし水雷母艦(駆逐艦や水雷艇の母艦)とは言うものの編入当初から潜水艦(当初は潜水艇)母艦として使用されている。元が遠洋型汽船のため艦内は広く、居住性も良好だったため長年に渡り潜水母艦の任務をこなしている。

潜水母艦 韓崎の歴史
「韓崎」「韓崎」=長崎県対馬の北端。朝鮮海峡を臨む韓崎の瀬から取った名称
1897年イギリスのホーソンレスリー社にて竣工。ロシア船「エカテリノスラブ」と命名
1904年 2月 6日ロシア義勇船隊に所属していたが、釜山沖で日本海軍艦「済遠」に捕獲される
       4月〜船名を「韓崎丸」と改名し、日本陸軍の運送船として使用される
      11月〜海軍の運送船として使用される
1905年 1月〜水雷母艦(潜水母艦)への改装工事を実施
       8月 1日第一潜水艇隊に編入され、母艦となる
1906年 3月 8日正式に日本海軍艦籍に編入。艦名を「韓崎」と改名。水雷母艦に類別
1912年 8月28日二等海防艦に類別
1920年 4月 1日再度、水雷母艦に類別
1923年 9月関東大震災の際に京浜地区で救援活動に従事
1924年〜呉港に係留され、潜水学校練習艦として使用される
      12月 1日潜水母艦に類別
1934年11月15日予備艦に編入
1939年 4月 1日除籍。翌年「廃船第9号」と呼称され1942年解体処分


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